第1478話 2017/08/13

和田家文書『北鑑』のデジタルデータ

 和田家文書の『北鑑』(きたかがみ)がデジタルデータ化され、インターネットで閲覧できるようになりました。藤田隆一さん(東京都)という方が作成されたとのことで、わたしも拝見したところ、現存する『北鑑』すべてが活字化されているようで、その解説も学問的に見て正確なものでした。ご参考までに解説部分を転載しておきます。
 今から20年ほど前に古田先生と青森県五所川原市の和田家を訪問し、『北鑑』も調査しましたが、今回、デジタル化されたものを読み、当時のことを思い出しました。所蔵者の和田喜八郎さんは『北鑑』のことを「ほっかん」と呼ばれていたのが印象的でした。
 このデジタルデータにより、『北鑑』の内容が把握でき、研究者にとってはありがたいことです。本格的な研究はやはり明治写本に基づいて行う必要がありますので、ご留意ください。『北鑑』のサイトは「古田史学の会」のHP「新・古代学の扉」にリンクされていますので、是非ご利用ください。

【『北鑑』サイトから転載】

北鑑の原本・写本について

 江戸・寛政期のころ、秋田次郎孝季(秋田住人)と和田長三郎吉次(津軽住人)によって集史・編纂されたとされます(存否・所在とも不明。今これを寛政原本と称する)。※秋田孝季とは?
 この原本を明治期に和田長三郎末吉・長作(青森県)という親子が書写しました(一次写本。青森県弘前市の竹田侑子宅に所在。今これを明治写本と称する)。昭和末期〜平成初期に、それを藤本光幸さん(青森県)が原稿用紙に書き起こしました(二次写本)。平成28年、藤田隆一さん(東京都)が二次写本を使って、テキスト入力(ワード文書)しました(三次写本)。

注意点

 読み物として普通に読む場合には、特に問題はありません。ただ、江戸期(及びそれ以前)の文献として研究する場合には、少し注意が必要です。

1.原本を正確に写しているとは限らない。市井の庶民による書き継ぎなので「誤写」「文法ミス」などが想定される。
2,明治写本では、原本の漢文を読み下しに直しているものが多く、正しく翻訳されているか不明である。
3.明治写本では、末吉等が「自から執筆した文章」も追加されているので、注意が必要。
4.主に東北地方で記述された資料なので、方言的表記も散見されます。
5.明治写本には多くの「絵・画像」が挿入されているようですが、二次写本以降では、それをほとんどカットしています。

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