関西例会一覧

第176話 2008/05/24

御霊神社祭

 関西例会翌日の5月18日は、ご近所の上御霊神社の例大祭の日で、町内を御神輿が練り歩きました。今年は中京区の下御霊神社と合同で行列が行われ、御神輿三基と馬に乗った武者や牛車、八乙女やお稚児さんの行列もあり、例年になく賑やかでした。

 御霊神社は無念の死を遂げた人々、例えば崇道天皇らが祀られています。こうした伝統は、「敵を祀る」という日本古来のものでしょう。思想史上からも興味深い研究テーマです。
 また、今年の行列には法被を着た女性も参加されており、時代の変化を感じさせるものでした。もっとも、御神輿は男性だけで引かれていました。いずれはここにも女性が参加する日が来るかもしれません。そうした意味では、女性天皇の出現(再現)も、時代の流れでもあるようです。
   さて、5月の関西例会の内容は次の通りでした。
 
  〔古田史学の会・5月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 優秀なホームペインターが大勢誕生(豊中市・木村賢司)
  2). 磐余彦東征する(大阪市・西井健一郎)
  3). 小川論文と九州王朝(木津川市・竹村順弘)
  4). 「裸国・黒歯国」の頃のエクアドル(豊中市・大下隆司)
  5). 難波宮の名称について(京都市・古賀達也)
  6). 大化改新の全貌─文武天皇の郡司任命─(京都市・古賀達也)
  7). 「大化の改新」と「常色の改新」の視点(川西市・正木裕)
 
  ○水野代表報告
   古田氏近況・会務報告・陶(須恵)器の里に土師姓が多い・他(奈良市・水野孝夫)
  ○2007年度関西例会の会計報告(豊中市・大下隆司)


第170話 2008/04/20

発見!持統天皇の「建郡」詔

 4月の関西例会では、久しぶり2テーマの研究発表を行いました。九州王朝律令下の行政命令に相当する白鳳6年(666)「格」の発見や、九州王朝下の摂津職、そして、持統天皇のが696年に「建郡」の詔勅を出していたこと等を発表しました。詳細については、これから論文にして発表する予定です。

 例会の内容は次の通りでした。
 
〔古田史学の会・4月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 「計其道里當在会稽東治之東」の新考察(神戸市・田次伸也)
  2). 九州王朝「格」の発見─難波宮と摂津職─(京都市・古賀達也)
  3). 『日本書紀』紀年の構成(たつの市・永井正範)
  4). 沖ノ島7・8(生駒市・伊東義彰、水野氏が代理解説)
  5). 「邪馬壹文庫」小屋の完成(豊中市・木村賢司)
  6). 持統天皇の建郡の詔勅─大化改新詔勅の史料批判─(京都市・古賀達也)
  7). 難波遷都と「伊勢王東国に向(ま)かる」(川西市・正木裕)
 
  ○水野代表報告
   古田氏近況・会務報告・「大化改新」論・他(奈良市・水野孝夫)


第165話 2008/03/16

例会発表のコツ

 昨日の関西例会から発表時間制限(30分)が設けられましたが、慣れないためか時間超過や途中省略などもありました。日本思想史学会など一般の学会では発表時間制限があるのは当然ですので、事前に何度も練習をして、本番にのぞみます。その際、時間超過は他の発表者や聴講者の迷惑になりますので、きびしく注意されます。これから徐々に発表も上手くなっていかれると思いますが、良い機会ですので、私なりの発表のコツを紹介したいと思います。

 まず、例会発表は研究成果や新発見を発表する場であり、講演会ではありません。したがって、アイデアをダラダラと述べたり、最後まで聞かないと何の発見なのかわからないようではダメです。最後になってやっとわかるのは推理小説の場合は良いのですが、研究発表では不適切です。
 ですから、最初の5分間ぐらいで、何を論証しようとするのか発表テーマの概要について、大枠をまず説明することです。その結果、聞く側もテーマを把握し、心の準備をすることができ、理解がはかどります。
 その際、従来説が何故問題なのか、どのような疑問があるのかも説明しておくと良いでしょう。それがあると、発表される新説がどのように解決するのだろうか と、ワクワク感を抱かせて、集中して聞いて貰えます。なお、研究発表に於いて、従来説や先行説の事前調査は不可欠です。
 次に、論証です。論証とは発表者が「こう思う」「こう思いたい」ということではありません。誰が考えても「そうとしか思えない」あるいは「こう考えるのが最も蓋然性が高く合理的」と、聞いている人が納得できる論理性のことです。ここを勘違いされている発表が、残念ながら少なくありません。アイデアや思いつきの羅列は、論証とは言いません。
 そして、論証する上で不可欠なものが史料根拠です。史料根拠無しの「新説」は単なる思いつきであり、学問的方法ではありませんので、よくよく注意して下さい。
 最後にレジュメの準備ですが、史料根拠に使用する文献の引用掲載はしておきましょう。それがあると、短時間での説明に便利ですから。そして、30分間の内、25分で発表を終え、少なくとも5分間は質疑応答のために残しておくべきです。制限時間一杯の発表は、質問を物理的にさせないこととなり、研究者として不誠実な態度に映ります。
 発表者にとっても、聴講者にとっても貴重な30分です。学問のため有意義に使いたいものです。なお、3月例会の内容は次の通りでした。竹内さんや正木さんの発表は特に優れたもので、会報での発表が待たれます。
 
  〔古田史学の会・3月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 小人の処世術(豊中市・木村賢司)
  2). 藤原宮造営材の調査と運搬(奈良市・飯田満麿)
  3). 記紀・万葉集・風土記を結ぶ(大阪市・前原耿之)
  4). 両面宿儺伝説についての一考察(岐阜市・竹内強)
  5). 『日本書紀』の構成(たつの市・永井正範)
  6). 聖武詔報の再検討ー「白鳳以来、朱雀以前」の新理解ー(京都市・古賀達也)
  7). 伊勢王と筑紫君薩夜麻の接点(川西市・正木裕)
  8). 纏向型古墳の解説(生駒市・伊東義彰)
  9). 『周髀算経』の史料紹介(神戸市・田次伸也)
  10).元暦稿本『万葉集』巻第一の「裏書」の史料紹介(相模原市・冨川ケイ子)
 
  ○水野代表報告
   古田氏近況・会務報告・九州王朝複数宮都説・他(奈良市・水野孝夫)

第360話 2011/12/11 会報投稿のコツ(4)


第162話 2008/02/19

古田先生からの朗報

 2月16日の関西例会途中で、木村賢司さんの携帯に古田先生から電話がありました。古田先生は群馬県のとある病院で手術を受けられていたのですが、その手術が大成功だったというものでした。古田先生自らのお電話での報告に、例会参加者は胸をなで下ろしました。例会後の懇親会でも、手術成功を祝って乾杯をしました。『古田史学会報』4月号にも古田先生の寄稿が予定されており、これで益々お元気に活躍されることと思います。
 2月例会の発表は次の通りです。なかでも、竹村順弘さんの報告はミトコンドリアやY染色体の科学的な解説を伴ったもので、非常に参考になりました。定年退職後、中国留学されている会員の青木さんが一時帰国を利用して、例会に参加されるなど、関西例会は参加者や発表者が増えて、回を重ねる毎に充実してきました。
 なお、今回より発表者増加に伴い、発表の事前申請や時間制限(原則30分)などの運用が始まりましたので、ご理解とご協力の程、お願いいたします。

〔古田史学の会・2月度関西例会の内容〕
○研究発表
1). 故郷への手紙(豊中市・木村賢司)
2). 一寸千里の法2(交野市・不二井伸平)
3). 谷本茂氏「古代史研究の方法について」への反論(神戸市・田次伸也)
4). 南米先住民と日本人のDNA比較─ミトコンドリアと染色体(木津川市・竹村順弘)
5). ナゾの写真の史料批判・九州年号─未知の文献3件(相模原市・冨川ケイ子)
6). 岐須美々は蔵耳(大阪市・西井健一郎)
7). 常陸国風土記に見る「天下立評」(川西市・正木裕)
8). 沖ノ島6(生駒市・伊東義彰)
9). 『日本書紀』における帝紀的記事・他(たつの市・永井正範)

○水野代表報告
  古田氏近況・会務報告・八代海の大宮姫伝説・他(奈良市・水野孝夫)


第157話 2008/1/20

九州王朝論の独創と孤立

 昨日は古田先生による新年講演会が開かれました。今後は著書執筆に専念されるため、特段の事情のない限り、古田先生の講演会は行われないとのことで、遠方からも多くの聴講者が集まりました。「九州王朝論の独創と孤立について」という演題で、最近の研究テーマとともに、社会体制が変わっても、その体制に都合の良い「歴史観」が採用されるだけであり、そうではなく、真実のための歴史観を獲得しなければならないと、情熱を込めて話されました。講演内容は『古代に真実を求めて』12集に掲載されることになると思います。
 講演に先立ち、午前中は関西例会が行われ、短里研究で著名な谷本茂さん(会員)の研究発表がありました。短里はなかったとする田次伸也さん(会員)への反論で、質疑応答では他の参加者も交えて、激しい論争になりました。例会への初参加者は、その激しさに驚かれたようですが、古田史学の会・関西例会ならではの光景で、面目躍如といったところです。
   講演後は古田先生を囲んで、40名近くで新年会を開催し、盛り上がりました。ペルーから筏で日本まで航海するプロジェクトの関係者などもご参加いただき、楽しい一夕でした。
   常連組は引き続き3次会へと突き進み、四国から参加された阿部さん(古田史学の会・四国 副会長)、合田さん(古田史学の会・全国世話人)を交えて、親睦を深めました。

  〔古田史学の会・1月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 古代史研究の方法について−田次伸也氏の所論を巡って−(神戸市・谷本茂)

  ○水野代表報告
   古田氏近況・会務報告・伊勢穴津は淡海=八代海に面していた・他(奈良市・水野孝夫)

  ○古田武彦氏新年講演会
   九州王朝論の独創と孤立について(古田武彦)


第155話 2007/12/16

藤原宮の冨本銭

 昨日の関西例会で、藤原宮から出土した地鎮祭用と思われる壺に納められた9枚の冨本線について、わたしの見解を述べました。飛鳥池工房跡から出土した冨本銭の発見は、古代貨幣研究に重要な一石を投じましたが、今回の藤原宮跡から出土した冨本銭も、更に貴重な問題を提起しました。

 飛鳥池の冨本銭発見は、『日本書紀』天武12年条の銅銭記事が歴史事実であったことを指し示したのですが、ならば同時に記された銀銭の存在も歴史事実と考えざるをえません。しかし、今回の地鎮祭で用いられたと思われる壺にあったのは銅銭の冨本銭でした。なぜ、より価値の高い銀銭ではなく、冨本銅銭が用いられたのでしょうか。
 それは、その銀銭が大和朝廷ではなく九州王朝の貨幣だったからと思われます。先の天武12年条の記事は銀銭の使用を禁じ、銅銭を用いるようにと命じた記事なのですが、これは九州王朝の銀銭に変わって、自らが飛鳥池で鋳造した冨本銭を流通させるという意味だったのです。このように考えることにより、『日本書紀』の記事や藤原宮出土の冨本銭の意味が明らかになるのです。
 持統らは自らの宮殿建設にあたり、九州王朝の銀銭に代えて、自ら鋳造した冨本銭を用い、王権の安泰と新たな列島の代表者たらんとする意志と願いを込めたのではないでしょうか。9枚の冨本銭と、一緒に入っていた9個の水晶玉は、九州王朝にかわり、自らが「九州」(日本列島)を統治するという政治的野心の現れと思われるのです。
   なお、関西例会の発表内容は次の通りでした。
 
  〔古田史学の会・12月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 淡海乃海・近江の道(豊中市・木村賢司)
  2). 岐須美々命と石窟の土蜘蛛(大阪市・西井健一郎)
  3). 「実測値」と「机上の計算値」(交野市・不二井伸平)
  4). 「明日香村発掘調査報告会2007/12/08」に参加して(木津川市・竹村順弘)
  5). 「丁亥年」刻字紡錘車の史料批判(京都市・古賀達也)
  6). トロイの木馬(相模原市・冨川ケイ子)
  7). 書紀から導かれる「斉明死去」以降の歴史の真実(川西市・正木裕)
  8). 沖ノ島5(生駒市・伊東義彰)
 
  ○水野代表報告
   古田氏近況・会務報告・天草の古名「苓州」・他(奈良市・水野孝夫)


第152話 2007/11/18

『古代出雲への旅』を読む

 関和彦著『古代出雲への旅』(中公新書)を読んでいます。『出雲風土記』に基づいて江戸時代に神社巡りをした小村和四郎の旅行記の発見から、その追跡実地調査を記した読みやすく面白い本でした。特に、短里で記されている『出雲風土記』を長里で理解したため、現地の実状と一致しない様子などが、興味深く読めました。と同時に、わたしも出雲の国を巡ってみたくなりました。どなたか、短里の概念で『出雲風土記』を実地調査されてはいかがでしょうか。きっと、新発見があるはずです。
   昨日の関西例会では下記の発表がありましたが、常連の正木さん、冨川さんは快調に新発見をものにされており、頼もしい限りです。伊東さんの沖ノ島遺跡の報告も興味深い内容でした。
   インターネットを見られての初参加の方もあり、早速、本会にご入会いただきました。この日は大阪で3軒ハシゴして、今日は昼まで寝てしまいました。
 
  〔古田史学の会・11月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 太寿・極寿(豊中市・木村賢司)
  2). 藤原不比等の実像(奈良市・飯田満麿)
  3). 第4回古代史セミナー・古田武彦の報告(豊中市・大下隆司)
  4). 明日香皇子の出征と書紀・万葉の分岐点(川西市・正木裕)
  5). 「近江大津御宇天皇代」の挽歌九首を読む(相模原市・冨川ケイ子)
  6). 沖ノ島3(生駒市・伊東義彰)
  7). 東日流王朝in『真澄全集』/「東日流」の巻(奈良市・太田斉二郎)
 
  ○水野代表報告
   古田氏近況・会務報告・伊勢州は西海道にあった・他(奈良市・水野孝夫)

 


第149話 2007/10/21

「水間君は倭王武」説

 昨日の10月例会の発表は次の通りでした。また、故林俊彦さんを偲んで、参加者全員による黙祷を行いました。ホームページを見て初めて参加された方も2名おられ、盛況でした。研究発表では林さんから教えていただいた滋賀県の甲良神社の伝承などから、雄略紀10年に登場する水間君は倭王武ではないかとする仮説を、わたしは発表しました。いわば林さんへの追悼研究発表となりました。

〔古田史学の会・10月度関西例会の内容〕
○研究発表
1). 遅ればせながら「一」の島(豊中市・木村賢司)
2). コバタケ珍道中・九州編(木津町・竹村順弘)
3).「魏晋朝短里」説とその論理(神戸市・田次伸也)
4). 『讃留霊公胤記』の紹介(向日市・西村秀己)
5). 甲良神社と水間君(京都市・古賀達也)
6). 百済の「大后」(相模原市・冨川ケイ子)
7). 薩夜麻の「冤罪」3(川西市・正木裕)
8). 磐余彦、東征する「五百箇・気吹と膽駒山(大阪市・西井健一郎)

○水野代表報告
  古田氏近況・会務報告・延喜式祝詞「出雲国造神賀詞」の解釈・他(奈良市・水野孝夫)


第143話 2007/09/16

彦根城築城400年祭

 昨日の関西例会の会場の大阪駅前第2ビル地下二階フロアーで、国宝・彦根城築城400年祭の展示コーナーがありました。パンフレットなどもらいましたが、ちょうど車の練習を兼ねて滋賀県へ行こうと思っていましたので、この機会に湖東方面もドライブしようと、計画を練っています。とりあえず、最初は湖西方面から挑戦予定です。湖西も湖東も滋賀県は古代史の宝庫です。
   9月例会の発表は次の通りでした。最後の正木さんの発表は前回に続いて時間に追われ、大変でした。これ以上、発表者が増えると例会運営も難しくなります。うれしい悲鳴ですが。いずれは時間制限が必要になるかもしれません。その時はご協力の程、お願いします。
 
  〔古田史学の会・9月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 中国の歴史「西周・春秋」を話す前に(豊中市・木村賢司)
  2). 湍津姫と八十の地(大阪市・西井健一郎)
  3). 高良大社系古文書と九州王朝系図(奈良市・飯田満麿)
  4). 史料事実としての磐井(名古屋市・林俊彦)
  5). 古代エクアドル文化と他地域とのつながりについて(豊中市・大下隆司)
  6). 東日流王朝in「真澄全集」(藤房の巻)(奈良市・太田齊二郎)
  7). 沖ノ島2(生駒市・伊東義彰)
  8). 『古事記』のなかの「大(太)后」たち(相模原市・冨川ケイ子)
  9). 白雉年間の難波遷都と評制の創設について(川西市・正木裕)
 
  ○水野代表報告
    古田氏近況・会務報告・三重県津市は三大港のひとつか・他(奈良市・水野孝夫)


第139話2007/08/19

須知・和知・福知山

 17日は酷暑の中、プリウスをレンタルして天橋立まで往復してきました。250kmを走り、使用したガソリンはわずかに8リットル。プリウスの燃費の良さには驚きです。京都縦貫道を利用して、丹波路を走ったのですが、この地方の地名には「須知」「和知」「福知山」と「チ」のついたものが目立ってあり、以前から気にかかっていました。古代に於いて、丹波地方は「チ」の神様が君臨していた名残ではないでしょうか。「愛知」や「高知」も同様だと思います。神社の祭神などを調べれば何か面白いことがわかるかも知れませんね。(第40話古層の神名「ち」、などをご参照下さい)
   昨日の18日には関西例会がありました。私も久しぶりに発表することができました。内容は次の通りでした。今回も発表者が多く、時間不足でした。

  〔古田史学の会・8月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 中国の歴史「夏・殷王朝」について、を話す前に(豊中市・木村賢司)
  2). 『日本書紀』の中の「伊勢王」(奈良市・飯田満麿)
  3). 『上宮聖徳法王帝説』中のもう一つの九州年号(岐阜市・竹内強)
  4). 『三国志』魏書東夷伝から「短里」を考える(神戸市・田次伸也)
  5). 東日流王朝in「真澄全集」(高星丸の巻)(奈良市・太田齊二郎)
  6). 平安時代の「評制」文書
     ─『皇太神宮儀式帳』『神宮雑例集』の史料批判─(京都市・古賀達也)
  7). 福井県と石川県の遺跡めぐり(木津町・竹村順弘)
  8). 沖ノ島─九州古墳文化の展開─(生駒市・伊東義彰)
  9). 三人の太后─「間人大后」「倭太后」と百済の「大后」─(相模原市・冨川ケイ子)
  10). 薩夜麻の「冤罪」(川西市・正木裕)

  ○水野代表報告
    古田氏近況・会務報告・和田家文書研究・他(奈良市・水野孝夫)


第133話 2007/07/22

ホームページの容量アップ

 この度、古田史学の会では本ホームページの容量を大幅にアップし、情報量を増加させることを会員総会にて、予算措置も含めて決定しました。これからその作業が横田さん(事務局次長)により本格的に始められます。ご期待下さい。

    昨日、関西例会が開催され、初めての方の参加が3名あり、遠くは上海からもみえられ、活況でした。発表者も多く、時間配分も大変ですが、常連組の発表が上手くなり、助かっています。内容は次の通りです。
 
  〔古田史学の会・7月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  1). 私の「常識」と他人の「常識」(豊中市・木村賢司)
  2). 倭人伝解釈の新視点(姫路市・野田利郎)
  3). 「持統紀の真実」概論(奈良市・飯田満麿)
  4). 愛知県の遺跡めぐり(木津町・竹村順弘)
  5). 十例目の神籠石「唐原神籠石」の発見(たつの市・永井正範)
  6). 古田先生・久留米大学講演と古田史学の会・四国の史跡めぐりでの講演(たつの市・永井正範)
  7). 「倭太后」─『万葉集』に見る「倭」から─(相模原市・冨川ケイ子)
  8). 「斉明」の筑紫遠征は無かった(川西市・正木裕)
  9). 磐余彦、東征す(大阪市・西井健一郎)
 
  ○水野代表報告
    古田氏近況・会務報告・『伊勢物語』の伊勢・他(奈良市・水野孝夫)
  ○古田先生との東北調査旅行の報告(奈良市・太田副代表)

 


第132話 2007/06/23

御所のミミズク

 梅雨の晴れ間の今日、御所の梅林にミミズクが来ているとの話しを聞いて、買ったばかりのデジカメを手に、撮影に行って来ました。紫宸殿警備のお巡りさんに たずねると、梅林の一番大きな榎の木にミミズクはいるとのこと。既にバードウォッチングや写真撮影している人達がおられたので、ミミズクの居場所はすぐにわかりました。残念ながら私のデジカメの10陪ズームでは小さくしか写りません。本格的な望遠レンズを持っておられた人に覗かせてもらいました。確かにミミズクでした。
 どこから来たのか、御所にミミズクとは珍しい発見でした。カラスや鳩、雀はたくさんいるのですが。池には一羽だけですが鵜もいました。御所は見所が一杯です。
 さて、6月の関西例会は会員総会のため午前中だけでしたが、次の発表がありました。午後の総会に先だって、大下さんと正木さんの講演もありました。プロジェクターを使った聞き応えと見応えのある発表でした。
  〔古田史学の会・6月度関西例会の内容〕
  ○研究発表
  中国古代青銅器について(豊中市・木村賢司)
  竹原古墳の天呉(木津町・竹村順弘)
  ○水野代表報告
    古田氏近況・会務報告・赤塗り神社と白木造り神社・他(奈良市・水野孝夫)
 
  〔記念講演会〕
  1). 大下隆司(事務局次長) 「バルディビアへの旅」
  2). 正木 裕(会員)    「九州年号で読み直す日本書紀」