第1654話 2018/04/17

神籠石山城の編年方法の検討

 神籠石山城の列石築造について、プレカット工法が採用されているのではないかとする作業仮説(思いつき)を「洛中洛外日記」で連載したことがあります。第893〜895話「神籠石築城はプレカット工法(1〜3)」(2015/03/09-11)です。その要点は次のようなものでした。

 「中国(隋・唐)からの侵略の脅威に備えて、『同時期多発』で首都太宰府や各地の主要都市防衛の山城築城に迫られたが、『石垣』タイプ築城に必要な大量の石組工人を確保できなかったため、比較的簡易に築城できる神籠石タイプを採用したのではないでしょうか。
 大石の運搬は大変ですが、石切場で同じサイズに加工された石であれば、現地に運搬した後は並べるだけでよいのですから、これなら指導的工人が少人数でも築城が可能だからです。すなわち石材のプレカット工法を九州王朝は採用したのです。事前に寸法通りカットされた石材であれば、山頂や急斜面での石材の加工場所は不要ですから、ある意味では合理的な工法なのです。」

 神籠石がプレカット工法であることは、まず疑いのないところと思いますが、そうであれば石切場では正確に寸法を計測して石材を加工したばずです。中でもその「高さ」は、神籠石列石の構造上の必要性から、正確に切りそろえなければなりません。なぜなら、「長さ」や「奥行き」は少々不揃いでも構造上それほど問題となりませんが、「高さ」だけはそろえておかないと、その列石の上に土塁を構築するのに不便だからです。その点、「長さ」は一列に並べればよいのですから、必ずしも統一する必要はありませんし、「奥行き」も最終的には列石の内側を土で埋めますから、これもそれほど問題とはなりません。
 こうした理解を前提にすれば、石切場で神籠石の「高さ」を規定の寸法で整形するため、そのとき使用した「尺」によって測定され、統一化されているはずです。そうであれば、どの「尺」が採用されたかを計算で割り出し、時代により長さが変化した「尺」との対応により、神籠石山城築造のおおよその年代が判明するのではないでしょうか。
 たとえば「南朝尺」類が使用されていれば、石材の「高さ」から約25cmで割り切れる整数値が得られる蓋然性が高くなり、「北朝尺」類が使用されていれば約30cmで割り切れる整数値が得られるとする考え方です。この方法で各地の神籠石山城の石材の「高さ」から、南朝尺使用時代か北朝尺使用時代かの大まかな編年が可能ではないかと考えています。これから調査検証してみます。

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