第1916話 2019/06/08

天道法師の従者、「主藤」「本石」姓の分布

 中川延良著『楽郊紀聞』に、天道法師が都から帰るときに同行した従者として主藤氏と本石氏のことが記されていました。そこで、両家が現在でも当地(対馬市豆酘)に残っているのかをインターネットで調査してみました。その分布状況は次の通りでした。

「本石」姓の分布
1 長崎県 対馬市 豆酘(約110人)
2 福岡県 朝倉市 堤(約30人)
2 鹿児島県 伊佐市 宮人(約30人)
4 宮崎県 えびの市 末永(約20人)
5 長崎県 東彼杵郡波佐見町 皿山郷(約20人)
5 山形県 長井市 九野本(約20人)
7 佐賀県 武雄市 志久(約10人)
8 広島県 神石郡神石高原町 時安(約10人)
8 福岡県 福岡市博多区 吉塚(約10人)
8 神奈川県 横須賀市 森崎(約10人)

「主藤」姓の分布
1 長崎県 対馬市 豆酘(約200人)
2 宮城県 登米市 桜岡鈴根(約30人)
3 宮城県 登米市 桜岡大又(約30人)
4 長崎県 対馬市 厳原東里(約20人)
5 宮城県 登米市 錦織石倉(約10人)
6 千葉県 松戸市 上本郷(約10人)
6 宮城県 仙台市宮城野区 鶴ケ谷(約10人)
6 北海道 函館市 港町(約10人)
6 千葉県 白井市 大山口(約10人)
6 宮城県 登米市 鰐丸(約10人)
 ※対馬市の主藤さんは「すとう」、その他は「しゅとう」と訓むようです。

 このデータから、本石さんも主藤さんも圧倒的に対馬の豆酘に濃密分布していることがわかります。この現代までも続く両家が天道法師との関係を伝承していることは、天道法師の実在とその伝承を史実の反映とするわたしの理解を支持するものではないでしょうか。
 さらにわたしが注目したのが、福岡県朝倉市が本石姓の二番目の濃密分布を示していることです。朝倉市といえば太宰府市の南方にあり、九州王朝の中枢領域の地です。『楽郊紀聞』には「本石氏は、二度目の上京の時に、一軒従ひ来る。夫より段々分家したると也。」とあるように、対馬と太宰府を行き来していることです。その太宰府の近傍にある朝倉市に本石姓の濃密分布があるという事実も、天道法師が行った都が奈良の藤原宮ではなく、九州王朝の都である太宰府とするわたしの理解を支持しているのです。

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