2026年03月10日一覧

第3602話 2026/03/10

「秋田重季氏ら記念写真」の調査 (14)

―菊池武徳と秋田重季・綾小路護―

 「秋田重季氏ら記念写真」(藤本光幸氏遺品)左上円内の人物について、新たな候補者案が菊池哲子さん(福岡県久留米市)から届きました。弘前出身の政治家、菊池武徳ではないかとのこと。Wikipediaには菊池武徳について次の説明があります。

【菊池武徳(きくち たけのり)】
1867年(慶応3年)~1946年(昭和21年)は、ジャーナリスト、政治家。陸奥国弘前生まれ。
1887年(明治20年)4月に慶應義塾別科を卒業。ただちに福沢諭吉の『時事新報』の記者となり、1892年(明治25年)に『朝野新聞』に移りのちに社長。次いで雑誌『演芸画報』『新世紀』社長に就任し、自然主義派の小説家を排して村井弦斎の小説を掲載。
1903年(明治36年)の第8回衆議院議員総選挙に青森県弘前市から出馬し、1915年(大正4年)まで、第10回総選挙を除き衆議院議員(4期)。又新会(ゆうしんかい)の創立に参加し、代表幹事。のちに立憲政友会に移る。筑豊鉄道(後の九州鉄道)の経営に携わり、門司市参事会員、日宝石油会社取締役、吾妻牧場会社監査役などを務める。

 以上のように、菊池武徳もまた弘前出身で慶應義塾に学び、福澤諭吉とも関係が深いようです。WEBにあった菊池武徳の写真も秋田重季ら記念写真円内の人物ととてもよく似ています。

 そこでまた、弘前市出身の偉人を研究されているHさん(弘前市在住)に意見を求めました。今度は、「写真の人物とよく似ている。年齢も問題ない。秋田重季や綾小路護との関係を証明できれば」との返答が届きました。こうして菊池武徳説がかなり有力であることがわかりました。

 記念写真の撮影が大正10年(1921)と仮定すると、その時の菊池武徳の年齢は53歳となり、円内の人物の年齢と見ても問題ありません。それでは秋田重季や綾小路護との関係はあったのか、という課題が残りました。そんなとき、またまた菊池哲子さんからメールが届きました。(つづく)