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第6話 2005/06/24

中嶋嶺雄さんと古田先生

 一昨年、松本市へ講演に呼んでいただいた時、前日に市内を案内していただけることになりました。そこで私は松本深志高校の見学を希望し、古い校舎の中まで案内していただきました。同校は戦後間もなく古田先生が教鞭を執られた学校です。青年教師、古田先生と最年長の教え子とでは3歳しか歳が違わなかったそうです。 私が訪れた時、ちょうど松本深志高校では学園祭「とんぼ祭」が近づいており、生徒さんたちが教室で準備に追われていました。
 このとんぼ祭で思い出されるのが、教え子のお一人である中嶋嶺雄さん(大学セミナーハウス理事長・国際教養大学学長・東京外国語大学前学長)による次の回想です。

「とんぼ祭といえば高校2年の時の社会科学研究会の展示を思い出す。1954年のこと、風潮として高校生の社研といってもみんなマルクス・ボーイ。ソ連を礼賛し、人類の救済はモスクワから来るといった観の展示がしてあった。 そこへ国語と日本史担当の古田武彦先生が入ってきて、『この展示はおかしい。ソ連の社会主義がそんなにバラ色かどうかはスターリンの死後、銃殺されたベリアの事件でも明らかではないか』と問いかけたのである。生徒たちは古田先生のプチ・ブル性を激しく批判した。すると先生は床に車座になって、理路整然と生徒たちと語りはじめた。

 今日では日本古代史の権威になられた先生の立派な姿は、後の大学紛争に身を置かねばならなかった時、どこかで思い出を重ねていたように思う。」 古田先生は青年の頃から熱血漢だったんだと、思わず納得してしまうエピソードではないでしょうか。