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第603話 2013/10/02

文字史料による「評」論(5)

 今日は出張で東京神田のホテルにいます。テレビで伊勢神宮式年遷宮のクライマックス、「遷御の儀」の様子を見ています。いつか伊勢神宮や式年遷宮について、多元史観によって研究してみたいと思っています。

 全国的評制施行時期が記された史料として『皇太神宮儀式帳』と『粟鹿大神元記』を紹介してきましたが、「天下」(全国的)という表現はないものの、この二書以外にも孝徳期(7世紀中頃)での「評制」開始を示す史料があります。というよりも、7世紀中頃以外の「評制」開始を記した史料の存在は、私の知る限り「絶無」です。もしあるのなら、ご教示下さい。
 わたしの知るところでは、次のような孝徳期(7世紀中頃)での「評制」開始を記した、あるいは示唆した史料があります。

○『類聚国史』(巻十九国造、延暦十七年三月丙申条)
 「昔難波朝廷。始置諸郡」
 ここでは「諸郡」と表記されていますが、「難波朝廷」の時期ですから、その実体は「諸評」です。『皇太神宮儀式帳』や『粟鹿大神元記』と同じ認識が示されています。

○『日本後紀』(弘仁二年二月己卯条)
 「夫郡領者。難波朝廷始置其職」
 ここでも「郡領」とありますが、「難波朝廷」がその職を初めて置いたとありますから、やはりその実体は「評領」あるいは「評督」となります。

○『続日本紀』(天平七年五月丙子条)
 「難波朝廷より以還(このかた)の譜第重大なる四五人を簡(えら)ひて副(そ)ふべし。」
 この記事は少し説明が必要ですが、難波朝廷以来の代々続いている「譜第重大(良い家柄)」の「郡の役人」(評督など)の選考について述べたものです。この記事から「譜第重大」の「郡司」(評督)などの任命が「難波朝廷」から始まったことがわかります。すなわち、「評制」開始時期を「難波朝廷」の頃である ことを示唆する記事なのです。

 以上のように、いずれも『日本書紀』(720年成立)以後に成立した史料のため、その影響を受けて「評」を「郡」と書き換えて表記されていますが、その言うところは例外無く、「難波朝廷」(7世紀中頃)の時に「評制」が開始されたということを主張しています。それ以外の時期に「評制」が開始されたとする史料はないのですから、多元史観であろうと一元史観であろうと、史料事実や史料根拠に基づいて「論」や「説」を立てる学問としての歴史学・文献史学であれば、「評制」開始は7世紀中頃とせざるを得ないのです。なお、個別地域の「建評」記事は多くの史料に見えますが、そのほとんどは「難波朝廷」・孝徳天皇の時としており、それよりも早い時期の「建評」記事の存在をわたしは知りません。この史料事実も「評制」開始を7世紀中頃とする理解を支持しているのです。(つづく)