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第1666話 2018/05/09

『論語』二倍年暦説の史料根拠(8)

 今回は文献史学や古典の史料批判というテーマから離れて、そもそもなぜ『論語』二倍年暦説への批判が発生するのかという現代日本人の認識について考えてみることにします。
 わたしの『論語』二倍年暦説に反対される方々には通底する「共通誤解」があるのではないでしょうか。それは紀元前数百年頃の周代においても「70歳や80歳を越える長寿の人は少なからず存在していた」とする考えが暗黙のあるいは明確な前提となっていると思われるのです。はっきり言って、この認識は学問的根拠を持たない「錯覚」ではないかとわたしは思っています。かく言うわたしも同様に錯覚していました。
 わたしは古代における二倍年暦の研究過程で、周代のような紀元前数百年頃の人間の寿命は50歳かせいぜい60歳までで、それを越えるケースは極めて希ではないかと考えるようになりました。その理由の一つは、「周代」史料の二倍年暦による高齢寿命記事は管見では「百歳(一倍年暦の50歳)」か「百二十歳(一倍年暦の60歳)」までであり、「百四十歳(一倍年暦の70歳)」「百六十歳(一倍年暦の80歳)」とするものが見えないことです。すなわち周代の人間の寿命は50〜60歳頃が限界のようなのです。
 他方、人類史上初の超長寿社会(平均寿命は女性87.14歳、男性80.98歳。2016年厚生労働省調査)に突入した現代日本に生きるわたしたちが、人間の寿命が古代においても70歳や80歳に及ぶ例が少なからずあったのではないかと錯覚するのも無理からぬことですが、その日本においても平均寿命が50歳を越えたのはそれほど昔のことではありません。このことを説明した武田邦彦さん(中部大学教授)の著書を紹介します。

 「1920年代前半の日本人の平均寿命は男性が42.1歳、女性は43.2歳でした。赤ちゃんのときに他界する方を除いても50歳には達しません。江戸時代には45歳くらいで隠居するのが普通でしたが、昭和になっても50歳を越えたら確実に『老後』でした。」(武田邦彦『科学者が解く「老人」のウソ』産経新聞出版、2018年3月)

 このように大正から昭和初期の日本でもこれが実態でした。紀元前数百年頃の周代の実状はおして知るべしです。(つづく)

〔余談〕二倍年暦問題とは別に、武田邦彦さんの『科学者が解く「老人」のウソ』はお勧めです。特に50歳(一倍年暦の)を越えた男性の方に一読を勧めます。