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第2263話 2020/10/16

古田武彦先生の遺訓(6)

周王(夷王)在位年に二倍年齢の痕跡

 佐藤信弥著『中国古代史研究の最前線』(星海社、2018年)を再読していますが、金文(青銅器の文字)による周代の編年の難しさについて、次のような指摘がなされています。

〝金文に見える紀年には、その年がどの王の何年にあたるのかを明記しているわけではないので、その配列には種々の異論が生じることになる。と言うより、実のところ金文の紀年の配列は研究者の数だけバリエーションがあるという状態である。〟108頁

 わたしも、中国国家プロジェクト「夏商周断代工程」が「確定」できたとする周代の各王の在位年数の当否を調査するために、各史料(『竹書紀年』『史記』『東方年表』など)の在位年数をエクセルの表に並べて「夏商周断代工程」と比較検討していますが、どの史料の数字が妥当なのかまだよくわかりませんし、「夏商周断代工程」に至っては、文献史料との不一致が見られ、理解に苦しんでいます。
 他方、とても興味深い現象も発見しました。西周第九代国王の夷王の在位年数がちょうど二倍になる例があるのです。たとえば、『竹書紀年』や『史記』には8年とあり、『東方年表』には16年とされています。そこで、『東方年表』は何を根拠に16年としたのかを調査したところ、ウィキペディア(中国版)に次の解説がありました。見やすいように整理修正して転載します。

【以下、転載】
https://zh.wikipedia.org/wiki/周夷王
「維基百科,自由的百科全書」
周夷王(西周第九代國王)
【在位年數】現今流傳文獻記載的周夷王在位年數有3種説法。
○在位 8年(今本『竹書紀年』)
○在位15年(『資治通鑑外紀』、『通志』同)
○在位16年(『太平御覽』卷85引『帝王世紀』、『皇極經世』、『文獻通考』、『資治通鑑前編』均同)
【転載おわり】

 このように、夷王の在位年数について3種類の史料があり、16年と記す史料として『太平御覽』引用『帝王世紀』を始め、『皇極經世』『文獻通考』『資治通鑑前編』などがあるというのです。例えば『太平御覽』に引用された『帝王世紀』の当該記事は次の通りです。

〝帝王世紀曰、夷王即位、諸侯來朝、王降與抗禮、諸侯德之。三年、王有惡疾、愆于厥身。諸侯莫不并走群望、以祈王身。十六年、王崩。〟『太平御覽』皇王部十「夷王」(中國哲學書電子化計劃)

 これらの夷王在位16年説を『東方年表』(藤島達朗・野上俊静編)は採用したのではないでしょうか。この二倍の差が偶然ではないとすれば、中国の古典や史書には二倍年暦(二倍年齢)の16年で夷王の在位年数を伝承した史料があり、それらよりも成立が古いはずの『竹書紀年』は一倍年暦(一倍年齢)に書き改められていると理解せざるを得ない史料状況を示しています。そうでなければ、そもそも16年説などは発生のしようがありません。『竹書紀年』については『中国古代史研究の最前線』に次のような解説があります。

〝『竹書紀年』は西晋の時代に(注①)、当時の汲郡(今の河南省衛輝市)の、戦国魏王のものとされる墓(これを汲冢と称する)から出土した竹簡の史書であり、夏・殷・周の三王朝及び諸候国の晋と魏に関する記録である。体裁は『春秋』と同様の年代記で、やはり記述が簡潔である。(中略)
 ただし『竹書紀年』は後に散佚したとされており、現在は他の文献に部分的に引用された佚文が見えるのみである。その佚文を収集して『竹書紀年』を復元しようとする試みが清代より行われている。その佚文や輯本(佚文を集めて原書の復元を図ったもの)を便宜的に古本(こほん)『竹書紀年』と称する。
 これに対して、南朝梁の沈約のものとされる注が付いた『竹書紀年』が現存しているが、こちらは一般的に後代に作られた偽書であるとされる。これを古本に対して今本(きんぽん)『竹書紀年』と称する〟157頁

 この説明からも明らかなように、成立が古い『竹書紀年』ですが、出土後に散佚し、清代になって佚文を編集したものであり、原文の姿がどの程度遺されているのかは不明です。夷王在位年数に8年説と16年説があることを論理的に考えれば、周代の二倍年暦(二倍年齢)が一倍年齢に書き換えられている『竹書紀年』の在位年数や紀年については用心が必要で、無批判に採用することは危険とわたしは感じました。『竹書紀年』などの史料に遺された様々な在位年数や紀年を各研究者が自説に基づいて取捨選択した結果、周の紀年復元に諸説入り乱れる現在の状況が発生したのは無理からぬことです(注②)。(つづく)

(注)
①西晋(265~316年)。
②「維基百科,自由的百科全書」には夷王の在位年と実年代について、次の多くの異説が紹介されている。
 「近人依據文獻及出土文物銘文考定的周夷王在位年數」
○前863年-前857年,在位 7年説(章鴻釗『中國古曆析疑』)
○前893年-前879年,在位15年説(黎東方『西周青銅器銘文之年代學資料』)
○前888年-前872年,在位17年説(趙光賢『武王克商與西周諸王年代考』)
○前898年-前879年,在位20年説(馬承源『西周金文和周曆的研究』)
○前904年-前882年,在位23年説(謝元震『西周年代論』)
○前907年-前879年,在位29年説(劉啟益『西周紀年銅器與武王至厲王的在位年數』)
○前887年-前858年,在位30年説(陳夢家『西周年代考』)
○前908年-前878年,在位31年説(丁驌『西周王年與殷世新説』)
○前893年-前862年,在位32年説(葉慈『周代年表』)
○前893年-前860年,在位34年説(周法高『西周年代新考——論金文月相與西周王年』)
○前903年-前866年,在位38年説(何幼琦『西周的年代問題』)
○前917年-前879年,在位39年説(白川靜『西周斷代與年曆譜』)
○前924年-前879年,在位46年説(董作賓『西周年曆譜』)