古層の神名一覧

第42話 2005/11/04

古層の神名「そ」

 「ち」や「け」の神様と共に、古田先生は「そ」の神様の存在も提起されています。阿蘇山や浅茅湾(対馬)、木曽などの地名に残っているアソやキソ、熊襲のクマソなどがその例として上げられています。特にアソやアソウの地名は全国に多数有ります。この他にも、「社」の読みにコソがあり、姫社(ヒメコソ)などの例が著名です(『肥前国風土記』)。ちょっと汚い例ですがクソも、この神名に関係ありそうです。
 ただ、この「そ」の神様の場合、「ち」や「け」と異なって、はっきりと「〜ソ」とわかる形で神名に残されていないように思います。もし、あれば教えて下さい。逆に言えば、それだけ古い神様なのかもしれません。
 最後に、この「そ」の神名についても、わたしは面白いアイデアを持っています。それは、日本の古称の一つである扶桑もフソという神名が語源ではないかというアイデアです。古代日本列島の人々がフソと神様を呼んでいたのを中国人が聞いて、扶桑という漢字を当てたのではないでしょうか。ただし、これは論証抜きの全くの思いつきですので、信用しないで聞き流していただいて結構です。


第41話 2005/10/30

古層の神名「け」

 「ち」の神様と同様に、あるいは更に古い神名に「け」の神様があります。これも、古田先生の考察によるものですが、オバケ、モノノケや『東日流外三郡誌』に見える津保化族のツボケも「け」の神様と思われます。「ボケ」とかの罵倒語もこの「け」の神名に由来するのではないでしょうか。すなわち、侵略された側の古い神々が差別され、罵倒語として侵略者の側で使用されるというケースです。もしかすると、ホトケという言葉も仏教伝来時に異国の「陰神」という意味で日本列島側で付けられた名称かもしれませんね。
 この神様を「け」と呼んだのはどのような人々でいつの時代でしょうか。わたしにはひとつのアイデアがあります。まだ、未検証の思いつきに過ぎませんのであまり信用しないでほしいのですが、北部九州で縄文水田を作った人々ではなかったでしょうか。というのも、有名な北部九州の縄文水田に菜畑遺跡(唐津市)と板付遺跡(福岡市博多区)がありますが、どちらもナバタケ、イタヅケと「け」がついています。また、同じく縄文水田の有田七田前遺跡が近隣にある吉武遺跡群(弥生の宮殿や最古の王墓・福岡市早良区)もヨシタケで「け」がついています。
 これらは偶然でしょうか。そうではなく、「け」の神様を地名にもった地域で縄文水田が作られたと考えるべきではないでしょうか。もし、この推測が正しければ、縄文水田の神々は「け」の神様だった。そうならないでしょう


第40話 2005/10/29

古層の神名「ち」

 白川靜さん(立命館大学名誉教授・京都市在住)が字書三部作(『字統』『字訓』『字通』)を十三年半の歳月をかけて完成させたのは、1997年の頃だったと思いますが、本年10月15日の京都市自治記念式典に於いて、名誉市民の称号が贈られました。明治43年生まれの95歳。お元気で何よりです。
 白川さんの字書には古代史の研究でお世話になったことがあります。『史記』に「魑魅(ちみ)を御(ぎょ)す」とありますが、この魑魅とは「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の魑魅です。古田先生の考えによると、これは『古事記』『日本書紀』の神名に見える「ち」と「み」ではないかということです。
 神様の名前には、イザナミやオオヤマヅミのように「み」を名乗る神様と、ヤマタノオロチ、テナヅチ、アシナヅチ、オオナムチ、ミズチのように「ち」を名乗る神様があり、「ち」が「み」よりも古層の神名であることが、先学の研究により明かとなっています。この「ち」と「み」が魑魅の語源と共通するのではないかということなのです。
 ですから「魑魅を御す」とは東夷の神々とそれを祀る民を服属させたという意味があるのではないかと考えられます。ところが、先の白川さんの研究によれば「御」の本来の字義は「祀る」とのこと。とすれば、「魑魅を御す」とは東夷の神々を祀ったという意味にもとれます。日本列島の神名と思われるものが中国史書に現れるという、面白いテーマではないでしょうか。