第1353話 2017/03/15

敷粗朶による水城の造営年代

 水城造営年代の根拠となる炭素同位体比年代測定値には先に紹介した木樋以外に、基底部補強に使用された敷粗朶があり、九州歴史資料館が測定しています。
 内倉さんの『多元』掲載論稿にもその測定値が紹介されていますが、出典文献が明示されていませんので、わたしが調査したところ、『大宰府史跡発掘調査報告書Ⅱ』(九州歴史資料館、二〇〇三年)の「7 水城第三五次調査(東土塁基底面の調査)」と「9 水城第三五次調査(出土粗朶 年代測定)」にサンプリングの状況や方法とともに詳しく記されていました。
 内倉稿によると、水城から出土した敷粗朶の年代測定値として最上層出土を中央値660年、中層出土を中央値430年、最下層出土を中央値240年と紹介され、「太宰府都城は五世紀中ごろには完成」の根拠の一つとされているようです。しかし、内倉稿にはこれら敷粗朶の出土位相やサンプリング条件などが記されていませんし、どの調査報告書によるのか出典も不明でした。従って、内倉稿だけを読むと、水城築造に当たり使用された敷粗朶の年代測定値から、水城は3世紀頃から延々と築造され、400年程かけて7世紀中頃に完成したと思ってしまいそうです。当初、わたしも内倉稿により、そのように理解していました。(つづく)

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