第1315話 2016/12/31

2016年の回顧「研究」編

 2016年最後の今日、この一年間の『古田史学会報』に発表された研究の回顧にあたり、特に印象に残った優れた論文をピックアップしてみました。下記の通りです。
 いずれも多元史観・古田史学にふさわしいものです。中でも正木さんの九州王朝系「近江王朝」という新概念は、7世紀末における九州王朝から大和朝廷への王朝交代の実像を考えるうえで重要な仮説となる可能性があります。その可能性について論究したものが「番外編」に取り上げた拙稿「九州王朝を継承した近江朝廷」ですが、両論稿をあわせて読んでいただければ正木説が秘めている王朝交代に迫る諸問題と「解」が浮かび上がることと思います。
 服部さんの二つの論稿は、律令官制に必要な都や官衙の規模を具体的に示されたものと、河内の巨大前方後円墳が近畿天皇家のものではない可能性を示唆されたもので、いずれも考古学への多元史観適用の試みです。今後の発展が期待されるテーマです。
 西村さんの論稿は、古代官道(南海道)の不自然な変遷が、九州王朝から大和朝廷へのONライン(701年)で発生した権力所在地の変更によるものであることを明らかにされたものです。この視点は他の官道の研究でも有効と思われます。
谷本さんの『隋書』などの中国史書に基づく官職名についての研究は、従来の古田説の部分修正をも迫るものです。
 2017年も古田史学・多元史観を発展させる研究発表と会報への投稿をお待ちしています。それでは皆様、良いお年をお迎えください。

○「近江朝年号」の実在について 川西市 正木裕(133号)
○古代の都城 -宮域に官僚約八千人- 八尾市 服部静尚
○盗まれた天皇陵 八尾市 服部静尚 (137号)
○南海道の付け替え 高松市 西村秀己(136号)
○隋・煬帝のときに鴻臚寺掌客は無かった! 神戸市・谷本 茂(134号)

〔番外〕
○九州王朝を継承した近江朝廷
-正木新説の展開と考察- 京都市 古賀達也(134号)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする