第1722話 2018/08/15

「都市」官職名の先行説

 『古田史学会報』147号に掲載された古谷弘美さん(『古代に真実を求めて』編集部)の「長沙走馬楼呉簡の研究」によれば中国長沙市から発見された三国時代の「長沙走馬楼呉簡」に記された「都市史」という官職名を根拠に、『三国志』倭人伝に見える「都市牛利」の「都市」も官職名ではないかとされました。説得力ある見解と思います。
 古谷さんは「長沙走馬楼呉簡」を史料根拠としてそうした仮説を提起されたのですが、別の論点から「都市」を官職名とする先行説があります。よい機会ですので、ご紹介することにします。それは吉田孝氏の「魏志倭人伝の『都市』」(『日本歴史』567号、1995年8月)という論文です。
 同論文において吉田氏は「都市」が姓とは考えにくいとし、漢から魏にかけた頃に用いられた官職名として次の例をあげられ、「都市」という官職名もあったのではないかとされています。

 都水 水利のことを主(つかさど)る。
 都船 船水利のことを主る。
 都官 官の不法の検察を主る。
 都司空 刑獄のことを主る。
 都候 巡察のことを主る。
 都講 講学のことを主る。
 都督 軍を督することを主る。
 都護 地方の守護をを主る。

 更に「伝世の二つの印『都市』(『十鐘山房印挙』官印、五八頁)も、市を総管する官と解されている(王人聡・葉其峯『秦漢魏晋南北朝官印研究』)」として、「『魏志倭人伝』の『都市』も、大夫難升米の『大夫』が倭の大官の中国風の呼称であるのと同じように、倭の官を中国風に表記したものではなかろうか。」とされました。
 今回、古谷さんが紹介された「長沙走馬楼呉簡」にあった「都市史」の表記により、吉田氏の論証が正しかったことが証明されました。また、「伝世の二つの印『都市』」も興味深いので、『十鐘山房印挙』を実見したいものです。

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