第826話 2014/11/22

「言素論」の方法論

 「洛中洛外日記」824話などで、地名接尾語「ま」について紹介しましたが、 西村秀己さんから、「ま」が一定領域をあらわす言葉なら、なぜ「ま」が地名に付いたり付かなかったりするのか、地名そのものが一定領域を表しているのに、 なぜ更に一定領域を意味する「ま」が付く必要性があるのかという鋭いご質問をいただきました。そこで、今回はこの地名接尾語「ま」についてわたしの考えを説明し、「言素論」の方法論について触れることにします。
 まず、「ま」を地名接尾語とするための条件としては、末尾に「ま」を持つ多数の地名の存在が必要です。数が少なければ、偶然の一致かもしれないという批判をクリアできないからです。すでに何度も紹介しましたように、日本列島にはかなり多くの末尾に「ま」がつく地名があり、これを偶然とするよりも、何らかの必要性があり、地名の末尾に「ま」を付けた文明や集団が存在したと理解する方が合理的なのです。
 次に、「ま」が付いたり付かなかったりする理由ですが、幸いにも末尾に「ま」が付いたり付かなかったりする例が現在もあります。「床の間」「土間」「居間」「客間」「応接間」というように「ま」が付くケースと、「玄関」「便所」「台所」のように「ま」が付かない場所が家の中にあります。前者は「間」が付くことにより一定領域(空間)であることと、それがどのような目的の領域であるかがわかる仕組みになっています。後者は「間」の代わりに「所」という一定 領域(空間)であることを示す言葉が付加されています。あるいは漢語として目的と一定空間であることが明らかな「玄関」のような言葉には「ま」が不要であ り、付加されていません。
 おそらく、これと同様に末尾に「ま」を付加することにより、ある集団などの一定領域を意味するケースとしての地名接尾語「ま」が付けられたのではないで しょうか。すなわち古代日本列島において、特定集団の領域を表す言葉として「ま」があり、その集団名などの末尾に「ま」を付ける慣習があり、その結果、末尾に「ま」を持つ地名が多数成立したのではないでしょうか。
 実はこれと同様の地名領域表現として、中国風の「国(くに)」「県(あがた)」「里(さと)」名称などが導入され、後には「評」「郡」「郷」が国家権力の行政単位として採用されます。このように、より古い時代に一定領域をあらわす言葉として地名接尾語「ま」などが発生したと、わたしは考えています。
 以上、地名接尾語「ま」の成立を「言素論」の視点から考察したのですが、もちろん他に有力で合理的な説明や仮説があれば、比較検証し、どの仮説が最も妥当かを判断すればよいと思います。「言素論」を古代史研究に使用する場合は、少なくともこの程度の学問的手続きと用心深さは必要でしょう。(つづく)

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