第1935話 2019/07/10

「難波複都」関連年表の作成(4)

 前話では難波複都関連史のⅠ期とⅡ期に対応する考古学的事実として、その時期の難波から筑紫や百済・新羅の土器が出土していることと、それが持つ意味について解説しました。そこで今回は各期に対応する文献史学の史料事実について解説します。

 最初に紹介するのが、九州年号群史料として最もその原型を留めている『二中歴』所収「年代歴」に見えるもので、Ⅱ期に関わる次の難波天王寺(四天王寺)建立記事です。

 「倭京二年 難波天王寺聖徳造」

 九州年号の倭京二年は619年に相当し、九州王朝の聖徳と呼ばれる人物が難波の天王寺を建立したと記されています。当時、九州王朝は難波に巨大寺院を建立できるほどの影響力を当地に持っていたことがうかがえます。
 この倭京二年(619)という天王寺建立年次は考古学(大阪歴博)による創建瓦の編年とも一致しています。このように安定して論証(文献史学と考古学のクロスチェック)が成立しており、歴史事実と見なすことができる記事です。(つづく)

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