第1744話 2018/09/04

「九州王朝律令」儀制令の推定(1)

 現在、大型台風21号の強風に揺れる拙宅にて「洛中洛外日記」を書いています。築百年以上のおんぼろ家屋ですので、とても不安です。初めて聞くような轟音と家の振動に怯えています。なんとか無事に通り過ぎてほしいものです。

 「古田史学の会」HP読者のSさん(東京都)から九州年号に関する重要な質問をいただきました。「元壬子年」木簡になぜ九州年号が記されていないのかという質問です。この問題は以前からの検討課題ですが、よくわからないままでした。そのため、一週間ほど考えてから、「九州王朝律令に年号使用に関する規制があったのではないか」と返信しました。良い機会ですので、年号使用に関する「九州王朝律令」について考察することにします。
 木簡に関して年次表記を見てみると、701年以降は「大宝」などの年号使用が一般的ですが、700年以前は干支が使用されており、九州年号が使用されているものはありません。この史料事実から、近畿天皇家は公文書に限らず木簡も含めて広範囲での年号使用を指定していたと思われます。ちなみに『養老律令』儀制令には次のように年号使用を指定しています。

 「凡そ公文に年記すべくは、皆年号を用いよ。」

 使い捨ての荷札木簡が「公文」に属するのかはよくわかりませんが、出土木簡には年号が記されていますから、運用上は木簡も年号使用を命じていたと考えられます。そうした近畿天皇家の時代(701年以後)とは異なり、700年以前の九州王朝時代の木簡には干支で年次が記されています。従って、九州王朝律令には年号使用範囲が指定されていたか、それとは別の「式」などの法令で年号使用範囲を制限していたのではないでしょうか。(つづく)

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