第965話 2015/06/01

九州王朝の兄弟統治と「兄弟」年号

今朝は菊池市のホテルにいます。鞠智城を見学するため、菊池市内のホテルを予約していただきました。昨日の菊水史談会(石山仁明会長)主催の和水町中央公民会での講演会には約100名の参加者があり、盛況でした。主催者の説明によると和水町外からの参加者も多く、インターネットを見て参加された人も少なくなかったそうです。2時間ほど講演しましたが、皆さん最後まで熱心に聴講され、持ち込んだ『盗まれた「聖徳太子」伝承』も完売しました。ありがとうございました。
講演終了後は菊水史談会の皆さんと懇親会があり、夕食をご一緒しながら、時間の都合で講演では話せなかった新「発見」について追加発表させていただきました。
今回の講演のキーワードは「兄弟統治」「二人の天子」です。『隋書』「イ妥(タイ)国伝」によれば、イ妥国は夜は兄、昼は弟が統治するという兄弟統治という体制でした。九州年号にも「兄弟」(558年)があり、この「兄弟統治」との関係をうかがわせます。そして、天子(兄か弟)が筑紫(久留米)の多利思北孤であり、もう一人の天子(弟か兄)は筑紫舞に見える「肥後の翁」ではないかとする作業仮説が考察の出発点でした。
昨日、早く着いた新玉名駅で観光案内パンフレットを読んでいますと、熊本市の案内に「市内最古の神社」として健軍神社が紹介されていました。「最古」とあるだけで具体的年代は書かれていないので、スマホで調べてみると、ウィキペディアには「欽明19年(558年)」の創建とされていました。この創建年こそ九州年号の「兄弟元年」に相当するのですが、神社創建と改元には関係があるのではないかと考えています。「兄弟統治」を記念して、九州年号は「兄弟」と改元され、「肥後の翁」に相当する人物(兄か弟)が改元にあわせて健軍神社を創建したのではないでしょうか。これから調査したいと思います。

もうすぐ菊水史談会事務局長の前垣芳郎さんと考古学者の高木正文先生がホテルまで迎えに来られます。両氏の御案内で鞠智城を初訪問します。とても楽しみです。

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