第1215話 2016/06/21

健軍社縁起の九州年号「兄弟」

 熊本から島原に向かう高速フェリーの中で書いています。午前中に熊本駅に着きましたので、駅の近くの図書館で時間待ちをしました。地震で図書館も被災したようで、開架されているスペースが制限されており、歴史書や地誌はほとんど閲覧できませんでしたが、幸いにも『熊本市史』が並んでいましたので、「史料編 第三巻 近世1」(平成6年発刊)を大急ぎで調べたところ、探していた健軍社縁起「文化五年辰 詫摩健軍社縁起控」が収録されていました。
 その冒頭に次のような興味深い記事が、予想に違わず記されていました。

「健軍大明神縁起
一 天照大神六代之孫神、神武天皇第二之王子阿蘇大明神是也、兄弟天正五年十二月廿四日、十戊寅ノ歳、保昌国司、阿蘇大明神四社之一社、健軍ニ御建立被成候、」

 この「兄弟天正五年十二月廿四日、十戊寅ノ歳」の右横に細字で「是年号考ルニ、天平十年ナラン」と書き加えられています。活字本ではなく原文を見てみないと断定はできませんが、「兄弟天正五年」という表記について、干支の「戊寅ノ歳」から「天平十年(738年)」のことではないかと書き加えられたのと思われます。この冒頭の一見意味不明の「兄弟」こそ九州年号であり、558年に相当します。
 この「詫摩健軍社縁起控」は書写が繰り返されたようですので、本来は九州年号の「兄弟元年」とあったものが、書写段階で誤写誤伝されたようです。ちなみに「天正十五年」という表記が同縁起中に散見されることから、別の記事の「天正十五年」という表記が九州年号「兄弟元年」部分に書写段階で混ざり合ったものと思われます。
 他方、健軍神社の創建は欽明19年(558)と紹介されることが一般的ですから、これも本来の伝承は九州年号の「兄弟元年」であったものが、『日本書紀』成立以後に近畿天皇家の『日本書紀』紀年による表記「欽明天皇の19年」に置き換わったことがわかります。
 熊本駅でのわずかな待ち時間を利用しての図書閲覧でしたが、やはり健軍神社は九州王朝により「兄弟元年」に創建されたと考えてよいようです。健軍神社の縁起は他にも残されているはずですから、引き続き調査したいと思います。熊本県在住の方のご協力をいただければ幸いです。

 これからまたフェリーで天草に向かいます。大雨が心配です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする