第2825話 2022/09/03

阿部仲麻呂「天の原」歌異説 (1)

 上京区のお店で、「古代歌謡に詠まれた王朝」というテーマで話しをすることになりました。そこで改めて勉強しなおしたところ、『古今和歌集』の「天の原 ふりさけ見れば 春日なる みかさの山に いでし月かも」は阿倍仲麻呂の作ではないとする説があることを知りました。杉本直治郎「阿倍仲麻呂の歌についての問題点」(注①)によれば、次のような偽作説です。

〝仲麻呂の「天の原」の歌は、仲麻呂自身の作ではなく、かれ以後、『古今集』撰修以前において、かれ以外のものが、かれに仮託して作ったものであろうとか、あるいは仲麻呂自身、おそらく漢詩で書いたものを、誰かほかのものが、和歌に翻訳したのであろうとか、などのごとき、いろいろな偽作説がある。〟1286~1287頁

 「天の原」歌について、『古今和歌集』古写本では流布本とは異なり、「天の原 ふりさけ見れば 春日なる みかさの山を いでし月かも」とあります(注②)。すなわち、古写本にはみかさ山から月が出ていることを意味する「みかさの山を」となっており、奈良の御蓋山(標高297m)では低すぎて、月はその東側の春日山連峰(花山497㍍~高円山461㍍)から出ると論じたことがあります(注③)。
 この「みかさの山を」とする古写本の存在を杉本直治郎氏の研究で知り、古田先生にお知らせしたところ、重要な問題へと進展しました。すなわち、仲麻呂が歌ったみかさ山は奈良の御蓋山ではなく、太宰府の御笠山(宝満山、標高829m)とする古田説(注④)を論証できたのです。杉本氏の論文も古写本の「みかさの山を」が原型であるとされており、この点では古田先生やわたしの考えと一致するのですが、「偽作説」については検討に値する視点ではないかと、今回、気づきました。(つづく)

(注)
①杉本直治郎「阿倍仲麻呂の歌についての問題点」『文学』三六・十一所収、1968年。
②延喜五年(905年)に成立した『古今和歌集』は紀貫之による自筆原本が三本あったが、現存しない。しかし、自筆原本あるいは貫之の妹による自筆本の書写本(新院御本)にて校合した二つの古写本がある。一つは前田家所蔵の『古今和歌集』清輔本(保元二年、1157年の奥書を持つ)であり、もう一つは京都大学所蔵の藤原教長(のりなが)著『古今和歌集註』(治承元年、1177年成立)である。清輔本は通宗本(貫之自筆本を若狭守通宗が書写)を底本とし、新院御本で校合したもので、「みかさの山に」と書いた横に「ヲ」と新院御本による校合を付記している。教長本は「みかさの山を」と書かれており、これも新院御本により校合されている。これら両古写本は「みかさの山に」と記されている流布本(貞応二年、1223年)よりも成立が古く、貫之自筆本の原形を最も良く伝えているとされる
③古賀達也「『三笠山』新考 和歌に見える九州王朝の残影」『古田史学会報』43号、2001年。
 同〔再掲載〕「『三笠山』新考 和歌に見える九州王朝の残影」『古田史学会報』98号、2010年。
 同「三笠の山をいでし月 ―和歌に見える九州王朝の残映―」『九州倭国通信』193号、2018年。
④古田武彦「浙江大学日本文化研究所訪問記念 講演要旨」『古田史学会報』44号、2001年。
 同『真実に悔いなし』ミネルヴァ書房、平成二五年(2013年)、75~79頁。

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