第2828話 2022/09/06

阿部仲麻呂「天の原」歌異説 (2)

『古今和歌集』古写本(注①)の「あまの原 ふりさけ見れば かすがなる みかさの山を いでし月かも」は阿倍仲麻呂の作ではないとする説が杉本直治郎「阿倍仲麻呂の歌についての問題点」(注②)に紹介されています。

〝仲麻呂の「天の原」の歌は、仲麻呂自身の作ではなく、かれ以後、『古今集』撰修以前において、かれ以外のものが、かれに仮託して作ったものであろうとか、あるいは仲麻呂自身、おそらく漢詩で書いたものを、誰かほかのものが、和歌に翻訳したのであろうとか、などのごとき、いろいろな偽作説がある。〟1286~1287頁

 おそらくこうした偽作説の根拠になったと思われる不自然な状況があります。たとえば、同歌が『古今和歌集』の巻第八「離別哥」ではなく、巻第九「羈旅哥」冒頭に収録されていることです。この「天の原」歌の題詞・左注には、中国の明州の海辺で行われた中国の友人達との別れの席で、仲麻呂が夜の月を見て歌ったと語り伝えられているとあります。

 「もろこしにて月を見てよみける」
 「この哥は、むかしなかまろ(仲麿)をもろこし(唐)にものならはしにつかはしたりけるに、あまたのとしをへて、えかへりまうでこざりけるを、このくにより又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとて、いでたちけるに、めいしう(明州)といふところのうみべ(海辺)にて、かのくにの人むまのはなむけしけり。よるになりて月のいとおもしろくさしいでたりけるをみて、よめるとなむかたりつたふる。」(注③)※()内の漢字は古賀による付記。

 この歌は別離の夜会で仲麻呂が歌ったとあるのですから、その通りであれば「羈旅哥」ではなく、その直前の「離別哥」に入れられるべきものです。しかも、この歌を詠んだときの作者の進行方向は、「ふりさけみれば かすがなるみかさの山」とあるのですから、日本ではなく唐のはずです。唐へ向かう遣唐使船上で振り返ると、「かすがなるみかさ山」から出た月が見えたという歌なのです。ですから、作者が唐に向かうときに歌ったのだからこそ「羈旅哥」に入れられたのではないでしょうか。
 古田先生はこの歌の作歌場所を壱岐の〝天の原〟とされ、仲麻呂が遣唐使の一員として唐に渡るときに詠んだもので、その歌を明州で思い出して歌ったと理解されました(注④)。古田説の場合、偽作ではなく、『古今和歌集』を編纂した紀貫之の左注が不正確だったとするものです。すなわち、「よるになりて月のいとおもしろくさしいでたりけるをみて、よめるとなむかたりつたふる。」とあるように、伝聞情報に依ったと記していることも、古田説成立の背景と思われます。(つづく)

(注)
①延喜五年(905年)に成立した『古今和歌集』は紀貫之による自筆原本が三本あったが、現存しない。しかし、自筆原本あるいは貫之の妹による自筆本の書写本(新院御本)にて校合した次の二つの古写本がある。前田家所蔵『古今和歌集』清輔本、保元二年、1157年の奥書を持つ。京都大学所蔵『古今和歌集註』藤原教長著、治承元年、1177年成立。
②杉本直治郎「阿倍仲麻呂の歌についての問題点」『文学』三六・十一所収、1968年。
③『古今和歌集』日本古典文学大系、岩波書店。
④古田武彦「浙江大学日本文化研究所訪問記念 講演要旨」『古田史学会報』44号、2001年。
 同『真実に悔いなし』ミネルヴァ書房、平成二五年(2013年)、75~79頁。

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