古代ギリシア哲学者の超・長寿列伝
プラトン著『国家』にみえる教育制度と教育年齢が二倍年齢と理解せざるを得ないことなどを紹介し、ソクラテスやプラトンら古代ギリシアの哲学者たちは二倍年暦(二倍年齢)の世界に生きていたとしました。このことを裏付ける記録が残っていますので紹介します。
ソクラテス(70歳没)やプラトン(80歳没)に代表される古代ギリシア哲学者の死亡年齢が高齢であることは著名です。たとえば、 紀元前三世紀のギリシアの作家ディオゲネス・ラエルティオスが著した『ギリシア哲学者列伝』によれば、下記〔表〕の通りであり、現代日本の哲学者よりも高齢ではないでしょうか(注①)。これら哲学者はいずれも紀元前4~5世紀頃の人物であり、日本で言えば縄文晩期に相当し、常識では考えにくい高齢者群です。
フランスの歴史学者ジョルジュ・ミノワ(Georges Minois)は「ギリシア時代の哲学者はほとんどが長生きをした」(注②)とこの現象を説明していますが、はたしてそうでしょうか。やはり、この現象は古代ギリシアでも二倍年暦により年齢計算されていたと考えるべきです。そうすれば、当時の人間の寿命としてリーズナブルな死亡年齢となるからです。中国だけではなく、ヨーロッパの学者にも二倍年暦(二倍年齢)という概念がないため、「ほとんどが長生きをした」という、かなり無理な解釈に奔るしかなかったと思われます。
その証拠に、古代ギリシアでの長寿は哲学者だけとは限らず、クセノファネス(注③)(紀元前5~6世紀の詩人、92歳没)や、古代ギリシアの三大悲劇作家のエウリピデス(74歳没)、ソポクレス(八九歳没)、アイスキュロス(注④)(69歳没)もそうです。このように、古代ギリシアの著名人には長寿が多いのですが、こうした現象は二倍年齢という仮説を導入しない限り理解困難です。
〔表〕『ギリシア哲学者列伝』のギリシア哲学者死亡年齢
名前 推定死亡年齢 ディオゲネス・ラエルティオスの注と引用
アナクサゴラス 72歳
アナクシマンドロス 66歳
テュアナのアポロニオス 80歳
アルケシラス 75歳 ある宴会で飲み過ぎて死亡。
アリストッポス 79歳
アリストン 「老齢」
アリストテレス 63歳 ディオゲネスはアリストテレスの死亡年齢を70歳としたエウメロスを批判しており、それが正しい。
アテノドロス 82歳
ビアス 「たいへんな老齢」 裁判の弁論中に死亡。
カルネアデス 85歳
キロン 「非常に高齢」 「彼の体力と年齢には耐えきれないほどの過剰な喜びのため死亡」と言われている。オリュンピア競技の拳闘で勝利した息子を讃えていたときのこと。
リュシッポス 73歳 飲み過ぎて死亡。
クレアンテス 80歳 B・E・リチャードソンによれば九九歳。
クレオブウロス 70歳
クラントル 「老齢」
クラテス 「老齢」 自分のことをこう歌っている。「おまえは地獄に向かっている、老いで腰がまがって」。
デモクリトス 100か109歳
ディオニュシオス 80歳
ディオゲネス 90歳 自分で呼吸をとめて自殺したとも、コレラで死んだとも言われている。
エンペドクレス 60か77歳 祝宴に向かう途中馬車から落ち、それがもとで死亡。
エピカルモス 90歳
エピクロス 72歳
エウドクソス 53歳
ゴルギアス 100、105もしくは109歳
ヘラクレイトス 60歳
イソクラテス 98歳
ラキュデス 「老齢」 飲み過ぎで死亡。
リュコン 74歳
メネデモス 74歳
メトロクレス 「非常に高齢」 自殺。
ミュソン 97歳
ペリアンドロス 80歳
ピッタコス 70歳
プラトン 81歳
ポレモン 「老齢」
プロタゴラス 70歳
ピューロン 90歳
ピュタゴラス 80か90歳
ソクラテス 60歳
ソロン 80歳
スペウシップス 「高齢」
スティルポン 「きわめて高齢」老いて病身、「早く死ぬためにワインを一気に飲みほした」。
テレス 78か90歳 「裸体競技を観戦中、過度の暑さと渇きから疲労し、高齢もあって死亡」。
テオフプラストス 85か100歳以上 「老衰で」死亡。
ティモン 90歳
クセノクラテス 82歳
クセノポン 「高齢」
ゼノン 98歳 転んで窒息死。
(つづく)
(注)
①ジョルジュ・ミノワ『老いの歴史 古代からルネッサンスまで』(筑摩書房、一九九六年。大野朗子・菅原恵美子訳)
②同①、72頁。
③ルチャーノ・デ・クレシェンツォ『物語ギリシャ哲学史 ソクラテス以前の哲学者たち』(而立書房、一九八六年刊。谷口勇訳)
④)同①、66頁。