2024年11月23日一覧

第3381話 2024/11/23

大阪考古学の惨状を憂う

 大阪では、難波の宮跡を筆頭に重要な考古学調査が戦後すぐから行われてきました。中でも山根徳太郎氏の難波宮発見の偉業は著名で、「洛中洛外日記」でも紹介してきたところです(注)。わたしたち「古田史学の会」は、大阪の代表的な考古学者をお招きして講演していただいてきました。そのお一人に、高橋工氏がいます。氏が所属する大阪市文化財協会は大阪府と大阪市の二重行政解消の方針により解散することが決まっています。当然、その事業や技術、学問上の資産は大阪府・大阪市に引き継がれるものと思っていたのですが、そうではないことを報道で知りました。

 産経新聞WEB版(2024.11.22)によれば、市文協が持つ独自の遺物の保存技術の継承先もなく、十数万冊に及ぶ蔵書は国内に引き取り手が見つからず、韓国の研究機関に譲渡が決まっているとのこと。この報道に接し、わたしは愕然としました。なぜ大阪の政治家や行政は日本の伝統文化や技術、学問を守ろうしないのかと。こうした大阪考古学の惨状を、冥界の山根徳太郎氏は憂いておられるのではないでしょうか。

(注)古賀達也「洛中洛外日記」3302~3307話(2024/06/12~22)〝難波宮を発見した山根徳太郎氏の苦難 (1)~(5)〟

【産経新聞 WEB版】2024.11.22 から転載

どうなる大阪の遺跡発掘・保存
二重行政解消で解散の市文化財協会、黒字経営でも容赦なし

 大都市である大阪の地中には、いまだ解明されず謎に包まれた遺跡が数多く眠っている。7~8世紀に都が置かれ、「日本」という国号や元号の使用が始まったとされる国指定史跡「難波宮跡」など、歴史的に重要な遺跡も多い。これらの遺跡を発掘・調査してきた大阪市の外郭団体「市文化財協会(市文協)」が今年度末で解散する。地域政党「大阪維新の会」が進めてきた大阪府市の二重行政の解消による余波だ。市文協が得意とする遺物の保存処理技術も継承されなくなる恐れがあり、今後の文化財保護行政の課題になりそうだ。

 市文協は大阪市内の文化財の調査研究と保存、文化・教育の向上発展を目的に昭和54年に設立され、大坂城跡や難波宮跡など各遺跡の発掘や発掘成果の普及啓発業務を担ってきた。

 市文協の解散は平成25年、当時の橋下徹市長らが進めた二重行政の解消を目的とする府市統合本部会議で方針が決まった。市文協と、府内の文化財の調査や研究を担う府文化財センター(府センター)が「類似・重複している行政サービス」とされたためだ。事業整理に時間を要したが、今年6月に正式に解散が決定した。

 来年度以降は、調査期間が1週間未満の案件は市教委が、それ以外は府センターが発掘調査を担う。これまでの発掘資料や遺物などは市教委が引き継ぎ、市民向けの展示会や情報発信、現地説明会などについても市教委が判断する。

再開発でまだ見ぬ遺跡発見も

 市文協を管轄する市経済戦略局は解散理由について「外郭団体の整理の一環」と説明するが、市文協の担当者は「府市で重複している事業はなかった」と反論している。市文協によると、これまで府内の発掘調査や研究、遺物の展示などは、大阪市とその他の自治体ですみ分けられていたという。

 また、全国的には都市開発が落ち着き、遺跡の発掘調査は昭和~平成に比べると減少傾向にあるが、大阪市内では大規模な再開発や地中を深く掘り返すような建設が数多く進行、計画されており、歴史的価値を帯びた、まだ見ぬ遺跡が発見される可能性が高いという。

 市文協の担当者は「大坂城周辺や難波宮周辺、上町台地など、縄文から中世にかけての日本の歴史をたどる上で重要な遺物がたくさんあることが推測される」と話す。

エルミタージュから視察

 一方、市文協は独自の遺物の保存技術も有する。トレハロース(糖質)を使用した木造遺物の保存処理技術を開発。木製品を保存するためにトレハロースを染み込ませて固める手法は、温度やトレハロースの濃度など細かな管理が求められる高度な技術という。ロシアのエルミタージュ美術館をはじめとする海外の研究機関から視察に訪れるほどだ。市文協は他の自治体から遺物の保存処理を受託しており、年間2千万~3千万円の収入を得ていた。

 「基本的には黒字経営。市文協は市税を投入して運営しているわけでもなかったのに、なぜ解散を迫られたのかわからない」と担当者は憤る。

 この保存技術は「利益を生むため行政にはそぐわない」などとして、市教委には継承されないという。府センターも保存処理事業は実施しておらず、移管の予定はない。

十数万の蔵書を韓国に譲渡

 さらに市文協の十数万冊に及ぶ蔵書は国内での引き取り手が見つからず、韓国の研究機関に譲渡が決まっている。担当者は「貴重な資料。本来であれば国内に残しておくべきものだった」と肩を落とした。

 市文協の評議員で大阪公立大文学研究科の岸本直文教授(考古学)は「質の高い研究で市の文化財保護を長年にわたって支えてきた。解散の理由が不明だ」と指摘。その上で「埋蔵文化財は文化財全体の中で大きな柱の一つ。研究体制が弱体化しないよう、行政が責任を持たなければならない」と述べた。

 市教委の担当者は「発掘調査についてはすでに市と府センターに移管され、滞りなく事業が進んでいる。課題や問題は今のところない」としている。(石橋明日佳)