2025年02月05日一覧

第3422話 2025/02/05

倭人伝「七万余戸」の考察 (3)

 ―人口推計方法の限界―

 弥生時代の人口推計学の方法は本当に正しいのかという疑問をどうしても払拭できませんので、とりあえずネット上の緒論を見てみました。それによれば、鬼頭宏氏の推定人口(注①)は小山修三氏の説(注②)に依拠しているとのことで、次のような説明と計算式が示されていました(注③)。

【以下、転載】
2-1 原典データの人口算出プロセス
原典データは大略次のようなプロセスで人口を算出しています。

ア 日本でもっともふるく、かつ比較的信頼性のたかい人口データである沢田吾一(1927)の奈良時代人口(国別租税高による推算)を基準とする。
イ 沢田データに時間的に近い土師期(古墳、奈良、平安)遺跡数をもとめる。
ウ データのそろう関東地方の遺跡当たり基準価Vを求める。
V=P/T 遺跡当たり基準価(V)=土師期の人口(P)/遺跡総数(T)
V=943000/5549≒170
エ 縄文各期の人口は例えば
縄文中期人口=縄文中期制限定数(C)×縄文中期遺跡数×V
でもとめる。
期別制限定数は結果蓋然性が高くなるような方法により早期1/20、前期1/7、中期1/7、後期1/7、晩期1/7、弥生1/3を設定する。(Shuzo Koyama 1979)
【転載おわり】

 この人口推定に用いられた計算式が論理的に妥当かどうか、わたしには判断できませんが、推定にあたり、各時代ごとの遺跡数が主要ファクターになっていることは明確です。また、「期別制限定数」なるものも、恣意性が排除できない曖昧な数値のように見えます。

 このような計算式で精確な人口が推定出来るものなのでしょうか。そもそも、各時代の遺跡数などわかるはずもありません。わかるのは発見された遺跡の数だけですし、遺跡の性格や規模はどのようにカウントし、定数に反映させているのでしょうか。はっきり言って、こんな計算式で縄文時代や弥生時代の人口が推定できるとは、わたしには到底思えません。そこで、人口推定の専門家の論文を探しました。

 近年では、小山氏の人口推計に問題があるとする研究者は少なからずいるようです。たとえば立命館大学に縄文時代の人口研究を専門とする中村大氏がいます。氏の論文「北海道南部・中央部における縄文時代から擦文時代までの地域別人口変動の推定」(注④)の「小山推定の意義と問題点」において、「計算方法に根本的な問題がある」として、計算に使用した遺跡数が「発見数」であり、「本当の存在数」ではないと指摘しています。これこそわたしが問題視していたことの一つです。

 このように問題が指摘されている現代の研究者による人口推定値を根拠として、同時代史料である倭人伝の記事を否定するのは、文献史学の方法から見ても問題ではないでしょうか。現代人の認識によって、古代史料を改訂・否定(たとえば倭人伝の中心国名「邪馬壹国」を「邪馬臺(台)国」に、その位置を示す方角「南」を「東」と書き換えるなど)するには、必要にして十分な論証が必要であると、古田先生が述べてきた通りです。ですから、疑うべきは同時代史料よりも、問題があるとされる現代人による推定値の方ではないでしょうか。

 なお、中村さんは2018年に、弥生時代の人口推定の新しい方法を発表されたらしく、立命館大学の知人を介して中村さんにお会いし、御教示いただこうかと考えています。専門家に直接お聞きするのが、より勉強になると思いますので。(つづく)

(注)
①鬼頭宏『図説 人口で見る日本史』PHP出版、2007年。
②『ブログ歴史人口学』によれば、小山修三氏の説に依拠した鬼頭宏氏の推定人口は次のように説明されている。
遺跡数と、遺跡当たりの推定収容人口比から、弥生時代に関しては遺跡数に56、中期以降の縄文時代に関しては遺跡数に24、縄文時代早期に関しては遺跡数に8を乗じた値をそれぞれの時代の推定人口とすることで算出された。
縄文時代早期 2万0100人
縄文時代前期 10万5500人
縄文時代中期 26万1300人
縄文時代後期 16万0300人
縄文時代晩期 7万5800人
弥生時代 59万4900人
http://houki.yonago-kodaisi.com/F-geo-Jinkou.html
③『ブログ花見川流域を歩く』「縄文時代人口データ原典の考察」2020年6月7日
https://hanamigawa2011.blogspot.com/2020/06/blog-post_7.html
④中村大「北海道南部・中央部における縄文時代から擦文時代までの地域別人口変動の推定」『令和元年度縄文文化特別研究報告書』函館市縄文文化交流センター、2019年。
http://www.hjcc.jp/wp/wp-content/themes/jomon/assets/images/research/pdf/r1hjcc_report.pdf