第2578話 2021/09/23

『東日流外三郡誌』真実の語り部(4)

「門外不出、他見無用」文書の公開(和田章子さん)

 1995年5月4日、石塔山荒覇吐神社を訪れたわたしは、和田喜八郎さんのご長女、和田章子(わだ・ふみこ)さんに聞き取り調査を行いました。偽作論者達が偽作の証拠とした、喜八郎さんが書いたとする手紙・原稿類の筆跡確認が目的でした。そのおり、昭和五十年頃に『東日流外三郡誌』を『市浦村史』資料編として世に出されるに至った和田家内の状況について、章子さんの証言が得られましたので紹介します。経緯の詳細は、古田史学の会HP「新・古代学の扉」に収録された『古田史学会報』8号をご覧下さい(注①)。

【以下、『古田史学会報』8号から部分転載】
 本年(1995年)の五月四日、石塔山荒覇吐神社で和田喜八郎氏の娘さんにお話をうかがうことができた。偽作論者たちが入手した喜八郎氏の自筆原稿とされているもの(『季刊邪馬台国』五一号グラビア「和田喜八郎氏の自筆原稿」)が、娘さんの字であると、古田先生から聞いていたので、別原稿についても同様の確認をとることが目的であった。
 それは藤本光幸氏から借りた、『東日流内三郡誌』を原稿用紙に書き写したものだ。それを見せて、娘さんの筆跡であるかどうかを問うた。

 「たぶん私の字だと思いますが、昔のことなのではっきりとは断言できません」
 「こうした原稿用紙への書写や清書をよくされるのですか」
 「はい。父は字がへたなので、私がよく清書します」
 「文章そのものを書き直されることはありますか」
 「はい。文章がおかしいところは私が直すこともあります。でも、そのことがどうかしたのでしょうか」

 娘さんは筆跡が問題となっていることをご存じ無いようであった。私が、偽作論者は筆跡鑑定の基礎を取り違えていること、従って「喜八郎氏の自筆原稿」とされるものが娘さんの字であるという事実は、偽作論を根底から崩すものであることを説明すると、

 「“父の字”とされた私の字と文書の字は、そんなに似ているのでしょうか。」

 と、筆跡に関して率直な疑問を呈され、

 「助けて下さい。子供は学校でいじめられて泣いて帰って来ます。働きに出ても、父の名前は出せなくなりました。どうか助けて下さい。」

 と、深々と床に頭を下げられるのであった。そして、私からの質問に答えて、ぽつりぽつりと話しだされた。

 「家の文書のことをはっきりと知ったのは高校生の時でした。『東日流外三郡誌』を出すかどうかで、家族が話し合っているのを聞いて、文書のことを知りました。家族の者はみんな反対でした。しかし、父が出すことを決断しました。」
【転載、おわり】

 『東日流外三郡誌』が世に出たのは、和田家内での深刻な討議と決断の結果だったのでした。「門外不出、他見無用」と記された文書を出すのですから、和田家でのこうしたいきさつは痛いほどわかります。現に偽作キャンペーン(注②)により、その心配は現実のものとなったのですから。(つづく)

(注)
①古賀達也「『新・古代学』のすすめ ―「平成・諸翁聞取帳」―」『古田史学会報』8号、1995年8月。
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou/koga08.html
②当時、古田先生やわたしたちへのバッシング・偽作キャンペーンは、NHKや週刊誌(『朝日芸能』他)、雑誌(『季刊邪馬台国』他)、地方紙をも巻き込んだもので、猖獗を極めた。和田喜八郎氏への誹謗中傷・人格攻撃に至っては、文章にするのも憚られるほどの悪質なものがあった。

【写真】『東日流外三郡誌』明治写本。冊子本がほとんどだが「大福帳」タイプのものも少数ある。

『東日流外三郡誌』明治写本冊子本

『東日流外三郡誌』明治写本冊子本

『東日流外三郡誌』明治写本。冊子本

『東日流外三郡誌』明治写本。冊子本

『東日流外三郡誌』明治写本「大福帳」タイプ

『東日流外三郡誌』明治写本「大福帳」タイプ

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