「大宝二年籍」断簡の史料批判(4)
平田耿二さんは著書『日本古代籍帳制度論』(1986年、吉川弘文館)において、延喜二年(902)『阿波国戸籍』に見える長寿者の多さ、そして若年層と成人男子の少なさは、約三十年間に及ぶ「偽籍」という行為(死亡者の除籍を行わなかった)とその後の約四十年間に出生者の戸籍登録を徐々に行わなくなった結果であるとされました。それは延喜二年(902)に至る七十年間の造籍時(六年毎に造籍を実施)に「不正戸籍登録」が、それこそ「地方官僚」ぐるみで実施されたことを意味します。もはや中央政府の権威や権力が地方(阿波国)に及んでいなかったことを同戸籍は示しているのではないでしょうか。
わたしは平田さんの研究を知り、同戸籍を「二倍年齢」の痕跡とする論文発表を断念しました。もし、これら先行研究を調べもせずに発表していたらと思うと、ぞっとします。まさに冷や汗ものでした。
ところが、同戸籍に記された各戸の家族構成とその年齢を精査してみると、単に死亡者の年齢を造籍時に加算するという「偽籍」操作だけでは説明しにくい家族の存在に気づきました。たとえば次の「粟凡直成宗」の戸(家族)です。
戸主 粟凡直成宗 57歳
父(戸主の父) 従七位下粟凡直田吉 98歳
母(戸主の母) 粟凡直貞福賣 107歳
妻(戸主の妻) 秋月粟主賣 54歳
男(戸主の息子) 粟凡直貞安 36歳
男(戸主の息子) 粟凡直浄安 31歳
男(戸主の息子) 粟凡直忠安 29歳
男(戸主の息子) 粟凡直里宗 20歳
女(戸主の娘) 粟凡直氏子賣 34歳
女(戸主の娘) 粟凡直乙女 34歳
女(戸主の娘) 粟凡直平賣 29歳
女(戸主の娘) 粟凡直内子賣 29歳
孫男(戸主の孫) 粟凡直恒海 14歳
孫男(戸主の孫) 粟凡直恒山 11歳
姉(戸主の姉) 粟凡直宗刀自賣 68歳
妹(戸主の妹) 粟凡直貞主賣 50歳
妹(戸主の妹) 粟凡直宗継賣 50歳
妹(戸主の妹) 粟凡直貞永賣 47歳
(後略)
この戸主の粟凡直成宗(57歳)の両親(父98歳、母107歳)の年齢と、その子供たちの年齢(47~68歳)が離れすぎており、もしこれが事実なら、母親はかなりの「高齢出産」(出産年齢39~60歳)を続けたことになります。このような「高齢出産」は考えにくいため、この戸主の両親の年齢は、没後に年齢加算し続けたとする単純な「偽籍」ではうまく説明できないのです。そこで、わたしはこの両親の年齢は「二倍年齢」あるいは「二倍年齢」加算の結果ではないかと考えました。(つづく)