第3397話 2024/12/19

九州王朝の都、太宰府の温泉 (1)

 「洛中洛外日記」3395話(2024/12/17)〝蝦夷国と倭国(九州王朝)は温泉大国〟において、蝦夷国と倭国(九州王朝)が共に温泉大国であることを紹介しました。「温泉」という切り口で古代史研究することも面白そうなので、九州王朝と温泉について考えてみました。

 令和四年の県別の温泉湧出量順位(環境省調査)は次の通りです。

《都道府県別温泉の湧出量の順位》
一位 大分県  29万5708リットル/分
二位 北海道  19万6262リットル/分
三位 鹿児島県 17万5145リットル/分
四位 青森県  13万8559リットル/分
五位 熊本県  12万9962リットル/分
六位 岩手県  11万2081リットル/分
七位 静岡県  11万 495リットル/分
八位 長野県  10万4716リットル/分
九位 秋田県   8万8416リットル/分
十位 福島県   7万7379リットル/分

 以上のデータと対応する九州王朝関係の温泉地は次の通りです。

○湯布院温泉〔大分県由布市〕『日本書紀』(注①)
○別府温泉(鶴見岳)〔大分県別府市〕『万葉集』「伊予国風土記逸文」(注②)
○阿蘇山〔熊本県〕『隋書』俀国伝(注③)
○二日市(次田)温泉〔福岡県筑紫野市〕『万葉集』(注④)

 この中でわたしが最も注目したのが、九州王朝の都(倭京)太宰府(太宰府市)の南に隣接する二日市温泉です。この温泉は「次田温泉(すいたのゆ)」として史料上でも奈良時代まで遡ることができる古湯です。それは『万葉集』に見える大宰帥(だざいのそち)大伴旅人が亡き妻を慕って詠んだ次の歌です。

帥大伴卿 宿次田温泉 聞鶴喧 作歌一首
湯の原に 鳴く葦鶴は 我がごとく 妹に恋ふれや 時わかず鳴く

 「次田温泉」(現・二日市温泉)は太宰府条坊都市の南端に位置する温泉で、おそらく九州王朝時代から、太宰府にいた天子や官僚、武人、庶民が利用していたのではないでしょうか。というよりも、この温泉が湧く地に隣接した所に、天子の阿毎多利思北孤が九州王朝の都を置いたと考えることもできそうです。ちなみに二日市温泉は、近世に至るまで筑紫(福岡県)では唯一の温泉として知られていました。明治頃の写真や地図には、鷺田川をせき止めた「川湯」と紹介されており、珍しいタイプの温泉です。(つづく)

(注)
①古田武彦「第六章 蜻蛉島とはどこか」『盗まれた神話 記・紀の秘密』朝日新聞社、昭和五十年(一九七五)。ミネルヴァ書房より復刻。

 古田氏は、神武紀三十一年条に見える「……内木綿(ゆふ)の真迮(まさ)き国と雖も、蜻蛉(あきつ)の臀呫(となめ)の如くあるかな」の「木綿(ゆふ)」を湯布院盆地のこととされた。

②古田武彦氏は、『万葉集』巻一 2番歌の「天の香具山」を別府の鶴見岳とする説を「万葉学と神話学の誕生」(大阪、1999年)や「『万葉集』は歴史をくつがえす」『新・古代学』第4集(新泉社、1999年)などで発表した。

 また、『釈日本紀』巻七に収録された「伊予国風土記逸文」に見える「倭」の「天加具山」を鶴見岳とする論稿を筆者は発表した(「『伊予風土記』新考」『古田史学会報』68号、2005年)。

③『隋書』俀国伝に「阿蘇山」の噴火が記されている。
「阿蘇山有り、其の石、故無くして火を起こし天に接す。」

④『万葉集』巻六 961番歌
作者 大伴旅人
題詞 帥大伴卿宿次田温泉聞鶴喧作歌一首
原文 湯原尓 鳴蘆多頭者 如吾 妹尓戀哉 時不定鳴
訓読 湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く

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