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第1068話 2015/10/03

『泰澄和尚傳』の「大化」と「大長」

 『福井県史 資料編1 古代』(昭和62年刊)にに収録された「泰澄和尚傳」(金沢文庫本)と「泰澄大師伝記」(越知神社所蔵)、「越知山泰澄」(『元亨釈書』所収)の九州年号を比較すると、「泰澄和尚傳」を「泰澄和尚に関し最も整った伝記である。」とされた解説が納得できます。今回はそのことについて説明します。
 泰澄の生年を「泰澄和尚傳」(金沢文庫本)では『二中歴』と同じ九州年号の「白鳳廿二年壬午」(元年は661年辛酉)とされていますが、校訂に使用された他の写本(福井県勝山市平泉寺白山神社蔵本、石川県石川郡白山比売神社蔵本)には「白鳳十一年」とあります。もちろん金沢文庫本が正しく、両校訂本は天武即位年(673年癸酉)を白鳳元年とする、九州年号を近畿天皇家の天武天皇の即位年に対応させた後代改変型です。従って、金沢文庫本が九州年号の原型をより保った善本であることがわかります。
 「泰澄和尚傳」の比較史料としての「泰澄大師伝記」(越知神社所蔵)と「越知山泰澄」(『元亨釈書』所収)は更に後代改変の手が加わっています。たとえば「泰澄大師伝記」(元和五年・1619年書写)では、泰澄の生年が「白鳳十一年壬午」とあり、泰澄11歳の年を持統天皇御宇大長元年壬辰」としており、「大化元年乙未(695年)」が「大長元年壬辰(692年)」と改変されています。さらにこの改変に泰澄の年齢を整合させるために、同一記事(出家修行)の年齢を14歳から11歳へと改変しているのです。
 「白鳳十一年壬午」は「泰澄和尚傳」の校訂本と同様の理由での後代改定ですが、「大長元年壬辰(692年)」への改変は、おそらく『日本書紀』の大化年間(645〜649年)と時代が異なるため、持統天皇の頃の九州年号とされていた「大長元年」に改変されたものと思われます。ただし、この「大長元年壬辰」も実は後代改変された九州年号で、本来の九州年号「大長」は元年が704年甲辰であり、9年間続いています。この「大長」の後代改変については拙論「最後の九州年号」(『「九州年号」の研究』所収、ミネルヴァ書房)をご参照ください。
 「越知山泰澄」(『元亨釈書』所収)では生年を「白鳳十一年」としており、干支の「壬午」は記されていません。泰澄11歳の年次も「持統六年(692年)」とあるだけで、九州年号も干支も略されています。ですから、「越知山泰澄」(『元亨釈書』所収)がもっとも後代改変を受けていることがわかります。
 以上の考察から、泰澄研究においては「泰澄和尚傳」(金沢文庫本)を用いることが、現状では最も適切と思われるのです。(つづく)