「 2019年08月31日 」一覧

第1978話 2019/08/31

「九州王朝律令」による官職名

 「洛中洛外日記」1974話(2019/08/27)〝大和「飛鳥」と筑紫「飛鳥」の検証(8)〟において、7世紀後半の王朝交替前の飛鳥の近畿天皇家が、「九州王朝」律令による官職名を使用していたのではないかと推定しました。この指摘が正しければ、藤原宮などから出土した木簡に見える『大宝律令』以前の官職名は「九州王朝律令」によるものとなり、その記事から「九州王朝律令」の「職員令」復元が一部可能となるかもしれません。そこで、そうした官職名をピックアップしてみました。

【『大宝律令』以前の官職名】
○「尻官」 法隆寺釈迦三尊像台座墨書(7世紀初頭)
○「見乃官」 大野城市本堂遺跡出土須恵器刻書(7世紀前半〜中頃)

○「大学官」 明日香村石神遺跡出土木簡(天武期)
○「勢岐官」 明日香村石神遺跡出土木簡(天武期)
○「道官」 明日香村石神遺跡出土木簡(天武期)
○「舎人官」 藤原宮跡大極殿院北方出土木簡(天武期)
○「陶官」 藤原宮跡大極殿院北方出土木簡(天武期)
○「宮守官」 藤原宮跡西南官衙地区出土木簡
○「加之伎手官」 藤原宮跡東方官衙北地区出土土器墨書
○「薗職」 藤原宮北辺地区出土木簡
○「蔵職」 藤原宮跡東方官衙北地区出土木簡
○「文職」 藤原宮跡東方官衙北地区出土木簡
○「膳職」 藤原宮跡東方官衙北地区出土木簡
○「塞職」 藤原宮跡北面中門地区出土木簡
○「外薬」 藤原宮跡西面南門地区出土木簡
○「造木画処」 藤原宮跡東面北門地区出土木簡


第1977話 2019/08/31

古田先生からの宿題「ポアンカレの二著」

 今朝、FACEBOOKを開いて見ると、3年前に投稿した写真、ポアンカレの二著『科学と仮説』『科学と方法』(岩波文庫)が掲載されていました。いずれも古田先生から「勉強するように」といただいたものですが、わたしの理解力では難しくて、未だほとんど読んでいません。このままでは、冥界で先生に再会したとき、また叱られるのは必定です。怖いような嬉しいような、複雑な気持ちです。
 この二著のことをちょうど3年前の「洛中洛外日記【号外】」で配信していましたので、転載します。

古賀達也の洛中洛外日記【号外】
2016/08/30
古田先生からの宿題 ポアンカレの二著

 わたしが古田先生に入門して以来、多くの本や論文をいただきました。5年ほど前だったと記憶していますが、科学や物理学に関する「モデル」という概念と九州年号研究における原型論に使用する「モデル」という表現について、わたしの使用方法が誤っていると、先生から厳しく叱責されたことがありました。それでも、わたしが納得できないでいると、先生から二冊の岩波文庫が送られてきて、読んで勉強するようにとのことでした。その二冊とは高名な数学者ポアンカレの『科学と仮説』『科学と方法』でした。
 わたしには難しくて、結局、読破できずに放置していましたが、8月の「古田史学の会」関西例会で、茂山憲史さん(古田史学の会・編集委員)から、学問における実証と論証について論理学からの解説がなされたこともあり、もう一度挑戦してみようと、書棚から取り出したのですが、やはり難しくて理解できませんでした。
 この二冊は昭和36年版なのですが、初版は昭和13年と28年ですから、わたしが生まれる前のことです。古典的名著とされるだけあって、素晴らしい本だとは思うのですが、残念ながらわたしの理解力では歯が立ちません。
 この二冊の勉強は、古田先生からの宿題なのですから、せめて生きているうちには読んでおきたいと思います。それにしても、古田先生の勉強や学問の幅の広さに、今更ながら驚かされる二冊ではありました。