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第2119話 2020/03/25

「大宝二年籍」断簡の史料批判(2)

 わたしが古代戸籍に関心を抱いた理由は、各種史料に見える古代人の長寿記事(二倍年齢表記)の存在により、「二倍年暦」の痕跡が古代戸籍に残っているのではないかという作業仮説(思いつき)が発端でした。具体的には、延喜二年(902)成立の『阿波国戸籍』に当時としては有り得ないような多くの長寿者が記されており、阿波国ではこの時代まで「二倍年齢」表記が残存していたのではないかと疑ったのが研究の始まりでした(暦は一倍年暦の時代)。その年齢分布は次の通りです。

 【延喜二年阿波国戸籍】
年齢層  男 女 合計  (%)
1~ 10 1 0 1 0.2
11~ 20 5 1 6 1.5
21~ 30 8 15 23 6.6
31~ 40 4 34 38 9.3
41~ 50 8 71 79 19.2
51~ 60 2 61 63 15.3
61~ 70 1 70 71 17.3
71~ 80 8 59 67 16.3
81~ 90 6 34 40 9.7
91~100 5 13 18 4.4
101~110 1 3 4 1.0
111~120 1 0 1 0.2
 合計 50 361 411 100.0

※出典:平田耿二『日本古代籍帳制度論』1986年、吉川弘文館

同戸籍はこのような現代日本社会以上の高齢者分布を示しており、高齢層の寿命はとても十世紀初頭の日本人の一般的な寿命とは考えられません。そこで、わたしはこの高齢表記を二倍年暦を淵源とする「二倍年齢」ではないかと考えたわけです。すなわち、暦法は一倍年暦に変更されても、人の年齢計算は一年で二歳とする、古い「二倍年齢」表記が阿波国では継続採用されていたのではないかと思ったのでした。ところがこれが大きな思い違い。早とちりでした。(つづく)