2021年01月04日一覧

第2339話 2021/01/04

二倍年齢研究の実証と論証(5)

 ―『延喜二年阿波国戸籍』の偽籍説―

 『延喜二年(902)阿波国板野郡田上郷戸籍断簡』の超高齢者群の存在と若年層の少なさという史料事実を一倍年齢でも二倍年齢でも説明不可能なため、古代戸籍に関する先行研究を調査しました。
 その結果、平安時代に入ると中央政府(近畿天皇家)の権力や地方への影響力が低下し、地方の造籍において、地方官僚ぐるみによる「偽籍」という行為が発生していることを知りました。平田耿二『日本古代籍帳制度論』(1986年、吉川弘文館)によれば、律令体制が形骸化していた九~十世紀頃には、班田収受で得られた田畑の所有権を維持するために、造籍時に死亡者の除籍を届け出ず、生きていることにして、年齢を加算し戸籍登録するという偽籍行為が頻出していたとのことなのです。すなわち、延喜二年『阿波国戸籍』に見える超高齢者たちは既に亡くなっており、戸籍に登録されているからといって、その当時に超高齢者がいたと判断することはできないわけです。そのことは、同戸籍を二倍年齢実在の「実証的」根拠に使用できないことをも意味します。
 更に若年層や成人男子が極端に少ないという現象も、徴用・徴兵等の義務から逃れるために、男子の戸籍登録をしなかったためと推定されています。あるいは、男子が生まれても女子として戸籍登録した可能性もあります。
 確かに偽籍説であれば、同戸籍の考えにくい超高齢者群の存在、若年層や成人男子の極端な少なさについての合理的な説明が可能です。従って、同戸籍の〝史料事実〟は史的事実ではなく、実証の根拠とすることができないことを偽籍説により論証していることになります。他方、十世紀初頭の阿波国では中央政府の律令支配が形骸化していたことを示す史料根拠として、同戸籍が使用できることも示唆しています。
 今回のケースは、史料事実と史的事実が別であることや、実証と論証の関係性を理解する上でわかりやすい事例ではないでしょうか。(つづく)