2021年05月04日一覧

第2448話 2021/05/04

「倭王(松野連)系図」の史料批判(11)

 ―松野氏の濃密分布地、岐阜県瑞穂市―

 「倭王(松野連)系図」には、古代から室町時代頃(注①)までの人物名が記されています。その中にいくつか注目すべき傍注があり、同系図の信憑性を計る手がかりとできそうです。中でも十世紀頃の「宅成」という人物の傍注に「左小史」「子孫在美濃国」とあり、松野宅成の子孫が「美濃国」(岐阜県)にいるとされています。この傍注が記された時期は不明ですが、web調査によると、松野姓が現在も岐阜県に濃密分布していることがわかりました。従って、同傍注は信頼できることとなり、系図の中近世部分の信頼性は高いのではないかと思われます。
 「日本姓氏語源辞典」(注②)によれば、「松野」姓の分布状況は次の通りです。

【県別分布順位】
1 神奈川県(約3,100人)
2 大阪府 (約3,000人)
3 東京都 (約2,800人)
4 岐阜県 (約2,700人)
5 愛知県 (約2,300人)
6 静岡県 (約2,000人)
7 兵庫県 (約2,000人)
8 北海道 (約1,900人)
9 熊本県 (約1,700人)
10 千葉県 (約1,600人)

【市町村別分布順位】
1 岐阜県 瑞穂市(約1,000人)
2 岐阜県 岐阜市(約800人)
3 静岡県 浜松市(約800人)
4 熊本県 熊本市(約600人)
5 新潟県 上越市(約400人)
6 香川県 高松市(約400人)
7 長崎県 長崎市(約300人)
8 山梨県 甲府市(約300人)
9 大阪府 堺市 (約300人)
10 大阪府 松原市(約300人)

 また、松野姓の発祥地として次の説が紹介されていました。

①静岡県富士市南松野・北松野発祥。平安時代に記録のある地名。東京都千代田区千代田が政庁の江戸幕府の幕臣に江戸時代にあった。同幕臣に伝承あり。
②栃木県那須郡那珂川町松野発祥。戦国時代に記録のある地名。
③熊本県球磨郡球磨村神瀬松野発祥。同地に分布あり。
④新潟県上越市牧区東松ノ木発祥。江戸時代に記録のある地名。地名はマツノキ。同地に分布あり。
⑤合略。赤松と浅野の合成。広島県広島市中区基町が藩庁の広島藩士に江戸時代にあった。同藩士は赤松姓の「松」と軍功により浅野氏から賜った「野」からと伝える。推定では安土桃山時代。赤松アカマツ参照。浅野アサノ参照。
⑥地形。松と野から。鹿児島県いちき串木野市冠嶽に江戸時代にあった門割制度の松野之屋敷から。屋敷による明治新姓。善隣。大阪府泉南市鳴滝に分布あり。
※呉系。京都府京都市に平安時代に松野連の氏姓があった。

 この中で、「倭王(松野連)系図」の松野氏に関係すると思われるのは、次の二つです。

 「熊本県球磨郡球磨村神瀬松野発祥。同地に分布あり。」
 「呉系。京都府京都市に平安時代に松野連の氏姓があった。」

 「熊本県球磨郡球磨村神瀬松野」発祥説は「倭王(松野連)系図」の傍注(注③)に見える「火国」(肥後国)との関係がうかがわれます。「呉系。京都府京都市に平安時代に松野連の氏姓があった。」も「呉系」という点が系図と一致しています。
 「筑紫前国夜須郡松狭野」に住し、「松野連」姓を名のったという系図の記事とは異なりますが、呉から肥後(火国)に渡り、球磨郡球磨村神瀬松野に土着した一族が「松野」を名のったという可能性もあります。筑後国夜須郡に「松野」地名が現存していないという状況を考えると、「熊本県球磨郡球磨村神瀬松野」発祥説の方が有力と考えるべきかもしれません。
 なお、岐阜県に濃密分布する松野氏については解説がありませんが、先の系図傍注記事にあるように、京都で宮仕えしていた松野氏の分派(松野宅成の子孫の一部)が岐阜県(美濃国)に移転したのではないでしょうか。そうすると、岐阜県の松野家(注④)に「倭王(松野連)系図」が今も伝わっている可能性がありそうです。(つづく)

(注)
①尾池誠著『埋もれた古代氏族系図 ―新見の倭王系図の紹介―』(晩稲社、1984年)所収の「倭王系図(松野連)」によれば、同系図末尾(同書68頁)から三代目の「久世」という人名の傍注に「応永三十二(1425)正三位(後略)」とある。
②日本姓氏語源辞典 https://name-power.net/
③尾池誠著『埋もれた古代氏族系図』所収「倭王系図(松野連)」(63頁)の「宇也鹿文」の傍注に「火国菊池評山門里」が見え、同「市鹿文」の傍注には「同時賜火国造」とあり、呉王夫差の子孫が火国(肥後)に移り住んだとしている。
④岐阜県瑞穂市出身の有力者に、岐阜県知事や衆議院議員を歴任した松野幸泰氏(1908-2006)がいる。同家は松野連(呉王夫差・倭国王)の末裔ではあるまいか。調査したい。