「 古田史学会報 」一覧

第1962話 2019/08/13

『古田史学会報』153号のご案内

 『古田史学会報』153号が発行されました。一面には関西例会で発表された谷本さんの論稿が掲載されました。誉田山古墳を応神天皇陵とすることへの批判で、その方法論や史料根拠に疑義を呈されました。古田学派の重鎮らしく、説得力のある論稿でした。
 日野さんは会報初登場です。奈良大学で国史を専攻されているだけあって、その理詰めの推論展開や文章力は流石です。論稿では河内の巨大古墳の造営者をどの勢力とするのかについて、古田学派内の研究動向を踏まえた上で、論点整理をされました。古田学派の将来を担う期待の青年です。
 わたしからは、大阪歴博の考古学者たちの、考古学的出土事実に基づき、『日本書紀』の記事を絶対視しないという研究姿勢を紹介し、「ついに日本の考古学界に〝『日本書紀』の記事を絶対視しない〟と公言する考古学者が現れた」と評価しました。
 153号に掲載された論稿は次の通りです。この他にも優れた投稿がありましたが、次号以降での掲載となりますので、ご了解下さい。また、投稿される方は字数制限(400字詰め原稿用紙15枚程度)に配慮され、テーマを絞り込んだ簡潔な原稿とされるようお願いします。

『古田史学会報』153号の内容
○誉田山古墳の史料批判 神戸市 谷本 茂
○-河内巨大古墳造営者の論点整理-
 倭国時代の近畿天皇家の地位を巡って たつの市 日野智貴
○『日本書紀』への挑戦〈大阪歴博編〉 京都市 古賀達也
○「壹」から始める古田史学・十九
 「磐井の乱」とは何か(3) 古田史学の会事務局長 正木 裕
○古田史学の会 第25回会員総会の報告
○古田史学の会 2018年度会計報告
○『古代に真実を求めて』バックナンバー 廉価販売のお知らせ
○各種講演会のお知らせ
○『古田史学会報』原稿募集
○古田史学の会・関西 史跡めぐりハイキング
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古代に真実を求めて』第23集 原稿募集
○「古田史学の会」会員募集
○割付担当の穴埋めヨタ話 玉依姫・考 高松市 西村秀己
○編集後記 西村秀己


第1950話 2019/07/27

『古田史学会報』採用審査の困難さと対策(5)

 投稿論文審査で困難な作業に、異分野や一元史観での既存研究の確認があります。古田史学関係の研究であれば、これまでの経験により、何とか新規性の確認はできるのですが、一元史観の最先端研究動向の把握はとても困難です。プロの学者なら同業者の研究動向の調査は仕事の一環として日常的にできるでしょう。わたしの場合も本業の化学分野における調査などは勤務時間中に仕事として行えますし、特許担当部署からは定期的に関連特許の最新リストが提供されてもきます。しかし、一元史観の古代史論文・著書や各大学・研究機関が発行する紀要などはその一部にたまに図書館で目を通すくらいで、『古田史学会報』の論文審査のためにそれらを毎日のように読むと言うことは時間的に不可能です。
 しかし、投稿原稿に一元史観の学説との対比などが記されている場合は、その一元史観の論文が最新学説なのか、最有力学説かなどはわたしには判断できません。一元史観での古い研究が、同じ一元史観の新研究により既に否定されているケースもありますので、投稿論文中に引用され、それを批判していても、その批判に新規性があるのかどうかの調査は必要となります。そのため、わたしが勉強していない分野や、一元史観の最新研究動向が不明な場合は、その分野に詳しい会員や知人に教えていただくこともあります。このような課題も残されていますので、将来的には大学で国史(一元史観)を専攻した古田学派の若者に『古田史学会報』編集部に加わっていただきたいと願っています。(つづく)


第1949話 2019/07/27

『古田史学会報』採用審査の困難さと対策(4)

 1931話で触れた「選択発明」について少し説明しておきます。その定義は次のようなものです。わたしの専門の化学関連文献から引用紹介します。特許法に詳しくない方にはちょっと難解かもしれませんが、読み飛ばしていただいてもかまいません。

【選択発明の解説】
 選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部の発明を特定するための事項として仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいいます。(中略)
 請求項に係わる発明の引用発明と比較した効果が以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たす場合は、審査官は、その選択発明が進歩性を有しているものと判断します。
 (ⅰ)その効果が刊行物等に記載又は掲載されていない有利なものであること。
 (ⅱ)その効果が刊行物等において上位概念又は選択肢で表現された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際立って優れたものであること。
 (ⅲ)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。(後略)
 ※出典:福島芳隆「特許庁・審査官」『近畿化学工業界』(2019.07)

 特許の専門用語を用いた説明ですので、わかりやすいようにわたしの過去の論稿を用いて具体的に解説します。
 「洛中洛外日記」1923話〜1928話で連載した「法円坂巨大倉庫群の論理」で、わたしは南秀雄さん(大阪市文化財協会・事務局長)による「日本列島における五〜七世紀の都市化 -大阪上町台地・博多湾岸・奈良盆地」の講演内容を紹介し、その中の重要な4点に着目し、それらがわたしの前期難波宮九州王朝複都説を結果として支持していると指摘しました。その論稿においてわたしが提示した論理構造は次のようなものでした。

(a) 上町台地北端に古墳時代で日本最大の法円坂倉庫群が造営される。他地域の倉庫群(屯倉)とはレベルが異なる卓越した規模である。
(b) 古墳時代の上町台地北端と比恵・那珂遺跡は、内政・外交・開発・兵站拠点などの諸機能を配した内部構造がよく似ており、その国家レベルの体制整備は同じ考えの設計者によるかの如くである。
(c) 法円坂倉庫群はその規模から王権の倉庫と考えられるが、それに相応しい王権の中枢遺跡は奈良にはなく、大阪城の地にあった可能性がある(確認はされていない)。
(d) 上町台地北端部からは筑紫の須恵器が出土しており、両者の交流や関係を裏付ける。
(e) 652年には国内最大規模の前期難波宮が造営され、難波京へと発展する。この七世紀中頃は全国に評制が施行された時代で、「難波朝廷、天下立評」と史料(『皇太神宮儀式帳』)にあるように前期難波宮にいた権力者によるものである。
(f) 九州王朝説に立つならばこの権力者は九州王朝(倭国)と考えざるを得ない。
(g) 以上の考古学的事実とそれに基づく論理展開は、前期難波宮九州王朝複都説を支持する。

 上記の内、(a)〜(d)の部分は南さんの講演要旨で、既知の考古学的事実やそれに基づく解釈であり、新規性はありません。また、(e)は文献史学に基づく前期難波宮に対する通説の解釈であり、これも新規性はありません。(f)が九州王朝説に基づく前期難波宮に対するわたしの解釈で、この部分でようやく新規性が発生します。そして(g)の結論へと続きます。この(f)と(g)が選択発明に必要とされる「効果」に相当します。その「効果」は(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)の用件全てを満たしており、その結果、「その選択発明が進歩性を有しているものと判断」されることになります。すなわち、この「選択発明」には「引用発明と比較した効果」が認められるのです。
 この「引用発明」とは一元史観による考古学的事実への解釈のことであり、それに比べて多元史観・九州王朝説による解釈には新規性があり、際立った仮説であり、一元史観からは予測できない仮説であると認められるのです。なお、この新解釈(前期難波宮九州王朝複都説)が正しいか否かは、新規性・進歩性の有無の判断とは一応別です。『古田史学会報』の投稿採否審査でも同様で、その仮説の新規性と進歩性をまず審査しますが、この段階では仮説や結論の是非、ましてや審査する編集部員の見解と一致しているか否かは全く審査基準とはされません。(つづく)


第1933話 2019/07/02

『古田史学会報』採用審査の困難さと対策(3)

 前話で極端な例で進歩性の有無について説明しました。しかし、視点(特許では請求項)を変えると、進歩性を有した仮説となるかもしれません。「聖武天皇は右利きであるという仮説を提起し、証明に成功した」という論文の証明方法が、たとえば運筆の痕跡から、右手で書いたか左手で書いたのかがかなりの精度で判定できる技術であれば、犯罪捜査に有効(社会の役に立つ)として進歩性が認められるかもしれません。既に同様の方法の既存技術があれば、新規性が無いとされ特許審査では拒絶査定されますが。
 更に、この〝どうでもよい〟仮説や研究が一躍注目される可能性もあります。それは次のようなケースです。「八世紀の大和朝廷の歴代天皇の真筆を先の分析技術で調査したところ、ほぼ全員が左手で書いていた。この事実は右利きであっても大和朝廷の天皇は左手で書くという作法習慣が存在していた」という、既成概念を覆すような事実を証明できたケースです。これは現実にはありそうもないことですが、このような学界に衝撃を与える研究は注目され、その是非を巡って他の研究者が再現性試験を行ったり、賛否両論が出され、学問の発展に寄与することでしょう。そうであればその仮説の進歩性が認められたということになります。
 ちなみに、学界の常識を覆し、衝撃を与えた学説の一つが古田先生の邪馬壹国説であり九州王朝説であることは、読者にはご理解いただけることでしょう。古田先生の学説は際立った新規性と進歩性を持ったものなのです。(つづく)


第1932話 2019/07/02

『古田史学会報』採用審査の困難さと対策(2)

 『古田史学会報』の投稿論文審査において、新規性と共に重視されるのが進歩性です。特許審査でもこの進歩性が審査されます。すなわち今まで誰も造らなかった新規性のある発明でも、人間社会に役立つという進歩性がないものは特許として認可されません。『古田史学会報』の場合は学問や研究に役立たない、特に古田史学・多元史観の進化発展に寄与しない論文は進歩性が認められないとして不採用になります。
 極端な例でこの進歩性の有無について説明します。たとえば、「聖武天皇は右利きであるという仮説を提起し、証明に成功した」という論文が投稿されたとします。おそらくこのような仮説や研究は誰もしていないでしょうから、新規性は認められたとします。次にその証明方法(特許では実施例)や史料根拠(実験データ)を確認したところ、たとえば現存する聖武天皇の真筆史料を精査し、その運筆の痕跡により右手で書いていることが証明できたとします。その場合、仮説は証明されており学説としては成立します。
 しかし、このような論文自体には恐らく進歩性があるとは見なされないでしょう。もともと人は右利きが圧倒的に多数であることが知られており、聖武天皇も右利きであったことが確認できたとしてもそれは〝どうでもよい〟こととされるでしょう。更に古田史学・多元史観にとってみれば、大和朝廷の聖武天皇が右利きであろうと左利きであろうと、このこと自体は更に〝どうでもよい〟ことであり、多元史観の学問・研究に寄与する仮説とも思われません。もちろん、これほど極端に〝どうでもよい〟論文の投稿は滅多にありません。(つづく)


第1931話 2019/07/01

『古田史学会報』採用審査の困難さと対策(1)

 「古田史学の会」の編集部体制の強化として編集委員を増員することは既にご報告しましたが、今後の問題点や対策についても、よい機会ですのでご説明したいと思います。
 投稿論文の審査は、特に『古田史学会報』は隔月で発行するため、その審査スピードも要求されます。しかし、この審査で最初に行う先行論文・研究の有無を調べるという作業がかなり困難で、誰でもできるというわけではありません。まずこの投稿論文の新規性の調査確認という問題について説明します。

〔新規性の確認調査〕
 仕事で特許に関わったことがある人には常識ですが、その論文が新規性を有しているかをまず判断します。過去に同様の仮説や考えが先行研究や論文で発表されている場合は、新規性が無いと判断し、不採用となります。ただし、ここに複雑で難しい問題があります。それは特許の専門用語で「選択発明」というもので、同様の先行特許があっても例外的に認められるケースです。この問題は別に説明します。
 古田先生の多元史観・九州王朝説などの発表から40年以上が経っていますから、それ以降に古田学派内で多くの研究論文や口頭発表がなされています。それら全てに先行論文・研究がないことを調べることはかなり困難な作業です。古田先生の著作・論文・講演録を全て読んでおり、関係団体から発行された機関紙類も読んでいる古くからの古田史学の読者や研究者でなければこの作業は不可能です。現在、この作業は主にわたしが行っています。基本的には記憶に基づき、不安であればネット検索したり、過去の刊行物を確認します。
 この先行論文・研究のリサーチが特許庁でも最も大変な作業であることは容易にご理解いただけるものと思います。『古田史学会報』の論文審査でもこの作業が最も難しく、残念ながら採用後に先行研究の存在に気づくというミスも過去にはありました。この作業を「古田史学の会」創立以来わたしが担当しているのは、こうした事情からなのです。将来のためにも古田学派の論文の完全デジタル化によるアーカイブ設立が必要と考えています。このデジタル化はわたしの世代の仕事と考えていますので、手伝っていただける方があれば、ご一報いただけないでしょうか。(つづく)


第1928話 2019/06/21

「古田史学の会」編集部の体制強化

 6月16日に開催された「古田史学の会」会員総会では全ての議案が承認されました。参加された会員の皆様に御礼申し上げるとともに、全国(海外各国の)の会員の皆様にこのことをご報告します。
 総会でもご意見が出されたのですが、『古田史学会報』編集体制について全国世話人からもご意見をいただいていました。そうしたこともあり、『古田史学会報』『古代に真実を求めて』の編集体制を強化することを総会で説明しました。編集委員の任免は代表が行うことと会則では定められてはいるのですが、編集委員になっていただくことのご負担や責任は重く、それをお願いするのは簡単なことではありません。
 他方、「古田史学の会」を発展させ、会誌・会報の学問的内容やレベルを向上させることは、「古田史学の会」の目的達成のためにも不可欠なことです。そうしたことにご理解をいただき、編集部の体制強化(増員)を実施することにしました。
 『古代に真実を求めて』編集部には、昨年からオブザーバー参加していただいている久冨直子さんを正式に編集委員として迎えます。従来にない視点、女性ならではの感性で優れたアドバイスをこれからもいただけることと期待しています。
 『古田史学会報』は、わたしと西村秀己さん(全国世話人)の2名体制から4名体制へと増員します。投稿窓口を兼ねる編集責任者は引き続きわたしが担当し、新たに正木裕さん(事務局長)と不二井伸平さん(全国世話人)に編集委員に加わっていただくことができました。正木さんはこれまでも会報発送作業事務の一端を担っていただいてきました。不二井さんは以前に『古田史学会報』編集委員をしていただいていた経験者です。
 投稿受付から会報編集・発送までの一連の流れに変更はありませんが、編集委員が4名に増加したことにより、投稿論文審査のハードルはより高くなることと思います。今までは西村さんとわたしがOKであれば採用となり、その後は編集作業担当の西村さんの判断により掲載号が決まりました。これからは4名全員のOKが必要となりますので、より厳格で正確な審査が実現できます。その結果、『古田史学会報』の学問レベルの更なる向上が期待できます。
 なお、投稿の採否基準については「洛中洛外日記」357〜360話、1327話、第1415話 2017/06/06をご参照下さい。近年は投稿原稿のレベルが高くなっており採用競争は激化していますが、会報が届くのを楽しみにしておられる全国各地の会員の皆様には、優れた論稿の掲載に喜んでいただけることと思います。


第1919話 2019/06/11

『古田史学会報』152号のご案内

 『古田史学会報』152号が発行されました。近年、好調に新研究成果を発表されている服部さん(『古代に真実を求めて』編集長)の論稿が一面を飾りました。『続日本紀』の功田記事の分析により、九州王朝の事績をあぶり出すことが可能という、新たな史料批判の視点が提起された優れた論稿です。
 わたしは関西例会での論点となった「船王後墓誌」の宮殿が九州王朝のものか、通説通り近畿天皇家のものかというテーマを正面から取り上げ、古田先生との問答経過を紹介し、通説の理解が穏当としました。この問題は引き続いての論議検討が期待されます。
 同じく関西例会で論争となった谷本さんの新仮説「東鯷人」「投馬国」「狗奴国」の位置についての論稿も掲載されました。例会での口頭報告がこうした論文になることにより、論点が明確となり、更なる論証展開も記されており、谷本説への理解が深まりました。
 152号に掲載された論稿は次の通りです。この他にも優れた投稿がありましたが、次号以降での掲載となりますので、ご了解下さい。

『古田史学会報』152号の内容
○天平宝字元年の功田記事より 八尾市 服部静尚
○(6/16)古田史学の会・会員総会と古代史講演会(共催)のご案内
○『古田史学会報』原稿募集
○「船王後墓誌」の宮殿名
 -大和の阿須迦か筑紫の飛鳥か- 京都市 古賀達也
○『史記』の中の「イ妥」 姫路市 野田利郎
○「東鯷人」「投馬国」「狗奴国」の位置の再検討 神戸市 谷本 茂
○《書評》古田武彦『邪馬一国の証明』が復刻 京都市 古賀達也
○「壹」から始める古田史学・十八
 「磐井の乱」とは何か(2) 古田史学の会事務局長 正木 裕
○各種講演会のお知らせ
○古田史学の会 会員総会と記念講演会
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古代に真実を求めて』バックナンバー 廉価販売のお知らせ
○編集後記 西村秀己


第1871話 2019/04/09

『古田史学会報』151号のご案内

 『古田史学会報』151号が発行されました。冒頭の西村論文を筆頭に、古田学派内で論争や異見が出されてきたテーマの論稿が掲載されており、読者は最先端研究の現況に触れることができるでしょう。
 たとえば西村稿は古代中国における二倍年暦の存在を示す暦法上の史料痕跡を発見したというもので、二倍年暦の是非に関わるものです。古田先生やわたしは周代において二倍年暦が採用されていたとする立場ですが、古田学派の中にはそれに反対される方もおられます。その論争に終止符を打つ可能性を感じさせるのが今回の西村稿です。
 服部稿は、関西例会で激論が続いている大化改新の年代がテーマです。大化改新を『日本書紀』の通り七世紀中頃とする説と七世紀末の九州年号の大化年間のこととする説とで論争が続いているのですが、服部稿では過去に発表された西村稿(七世紀末説)へのハイレベルの批判が展開されています。当然、西村さんからの反論が次号でなされることでしょう。この両者のバトルをわたしも注目しています。
 正木稿は、古田説の中でも最も揺れている「磐井の乱」の是非についての経緯を解説されたものです。古田先生御自身が当初の「継体の反乱」説から「継体の反乱も磐井の乱もなかった」とする新説に変わっておられるほど重要で興味深いテーマです。正木さんの見解もいずれ示されることでしょう。
 わたしの論稿は、前期難波宮九州王朝副都説への批判の根拠となっている「天武朝造営説」を批判したもので、「天武朝造営説」が須恵器坏Bの出土事実の誤認に基づく誤論であることを明らかにしました。
 このように今号は、学問論争におけるダイナミズムを感じ取れる内容となっています。掲載された論稿は次の通りです。

『古田史学会報』151号の内容
○五歳再閏 高松市 西村秀己
○盗まれた氏姓改革と律令制定(下) 川西市 正木裕
○前期難波宮「天武朝造営」説の虚構
 -整地層出土「坏B」の真相- 京都市 古賀達也
○乙巳の変は六四五年
 -天平宝字元年の功田記事- 八尾市 服部静尚
○複数の名を持つ天智天皇 日野市 橘高 修
○「壹」から始める古田史学・十七
 「磐井の乱」とは何か(1) 古田史学の会事務局長 正木 裕
○古田史学の会 会員総会と記念講演会
○各種講演会のお知らせ
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古田史学会報』原稿募集
○二〇一九年度 会費納入のお願い
○『古代に真実を求めて』バックナンバー 廉価販売のお知らせ
○編集後記 西村秀己


第1834話 2019/02/09

『古田史学会報』150号のご案内

 『古田史学会報』150号が発行されました。冒頭の服部論稿を筆頭に谷本稿など注目すべき仮説が掲載されています。
 服部さんは、太宰府条坊都市の規模が平城京などの律令官僚九千人以上とその家族が居住できる首都レベルであることを明らかにされ、太宰府が首都であった証拠とされました。この論理性は骨太でシンプルであり強固なものです。管見では古田学派による太宰府都城研究において五指に入る優れた論稿と思います。
 谷本さんの論稿は、『後漢書』に見える「倭国之極南界也」の古田説に対する疑義を提起されたもので、これからの論議が期待されます。わたしは「『論語』二倍年暦説の史料根拠」と「〈年頭のご挨拶に代えて〉二〇一九年の読書」の二編を発表しました。後者は古田先生の学問の方法にもかかわるソクラテス・プラトンの学問についての考察です。これもご批判をいただければ幸いです。
 今号に掲載された論稿は次の通りです。

『古田史学会報』150号の内容
○太宰府条坊の存在はそこが都だったことを証明する 八尾市 服部静尚
○『後漢書』「倭国之極南界也」の再検討 神戸市 谷本 茂
○『論語』二倍年暦説の史料根拠 京都市 古賀達也
○新・万葉の覚醒(Ⅱ)
 -万葉集と現地伝承に見る「猟に斃れた大王」- 川西市 正木 裕
○稲荷山鉄剣象嵌の金純度-蛍光X線分析で二成分発見- 東村山市 肥沼孝治
○〈年頭のご挨拶に代えて〉二〇一九年の読書 古田史学の会・代表 古賀達也
○各種講演会のお知らせ
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古田史学会報』原稿募集
○編集後記 西村秀己