「 古代に真実を求めて 」一覧

古田史学の会が年に一度発行している雑誌本です。

第1878話 2019/04/18

『失われた倭国年号』増刷決定

 山形出張を終え、東京での仕事もすみました。京都に帰る前に東京駅近くの丸善によりました。もちろん『倭国古伝』の売れ行きのチェックが目的です。丸善も八重洲ブックセンターと同様に書棚に「面置き」されており、良い取り扱いでした。
 京都に戻ると、服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)から吉報メールが届いていました。書店での在庫が無くなっていた『失われた倭国年号《大和朝廷以前》』(古田史学の会編、明石書店、2017年)の増刷が決まったとのこと。おりからの新元号「令和」ブームが出版社の決断を促したようです。「古田史学の会」でも販売協力したいと考えています。


第1876話 2019/04/16

『倭国古伝』のマーケットリサーチ

 今朝は東京に向かう新幹線車中で書いています。今年初めての東京・山形出張です。わたしが開発した、ナイロン繊維染色の新技術のプレゼンを各地で行います。
 専門的になりますが、この新技術はナイロンポリマーの非結晶領域内で色素と複数の金属をキレート(配位結合による金属錯体化)させるというもので、それにより世界最高水準の湿潤堅牢度(高性能液体洗剤で洗濯しても色落ちしない)が発現します。また、同時に複数の金属の配位結合比をコントロールすることにより、染色色相を赤味から緑味まで意図的に変化させたり、更には太陽光発熱機能を持たせたり、逆に太陽光中の近赤外線の反射率を高めることが容易にできるという優れものです。
 昨年から有名フィットネスインナーや女性用タイツに採用されていますが、おそらくこの新技術開発が、ケミストとしてのわたしの最後の仕事になると思います。もっと若ければ、この技術を応用して消臭・抗菌機能も発現させる技術を開発できたかもしれませんが、もう時間がありません。来年夏にはリタイアしますので、それからは古代史研究に専念できます。今から楽しみにしています。

 東京駅でのランチタイムを利用して、八重洲ブックセンターの古代史コーナーをのぞいてみました。もちろん、先月発行した『倭国古伝』(古田史学の会編・明石書店)の取り扱い状況のチェックが目的です。エスカレーターで4階の古代史コーナーに上がると、なんと平積み台の一番端(売れ筋の本が置かれる〝特等席〟です)に平積みにされていました。結構売れているようで三冊しか残っていませんでした。また、目に入りやすい高さである書棚の最上段には古田先生のコーナーがおかれ、そこにも『倭国古伝』が並んでいました。というわけで、八重洲ブックセンターの取り扱いはかなり良いものでした。
 「古田史学の会」発行の他の本を探すと、「邪馬台国」コーナーには『邪馬壹国の歴史学』(ミネルヴァ書房)があり、これは狙い通りです。残念ながら「聖徳太子」コーナーには『盗まれた「聖徳太子」伝承』(明石書店)は並んでいませんでした。また、『「九州年号」の研究』(ミネルヴァ書房)は「古代九州」のコーナーに置かれており、「地方史」扱いでした。おかれてないよりはましですが、本のネーミングとしては〝失敗〟と言わざるを得ません。新元号「令和」ブームで「年号」コーナーが特設されているにもかかわらず九州年号関連の本は一冊も置かれていません。この点、対策が必要です。
 以上、八重洲ブックセンターでのマーケットリサーチでした。これから代理店との面談で、その後は米沢市に向かいます。


第1863話 2019/03/23

『倭国古伝』著者贈呈本が届く

 昨日、明石書店から『倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史』(『古代に真実を求めて』22集)の著者への贈呈本が全国販売に先立って届きました。思っていた通りの出来映えで、表紙も内容も満足しています。同書はタイトルや装丁も含めてこだわってきましたので、納得のゆく一冊となりました。「古田史学の会」2018年度賛助会員には明石書店から順次発送されますので、もうしばらくお待ちください。
 各地の古代伝承を多元史観・九州王朝説により再検証するという野心的な試みでしたが、一読して、その試みは成功しているように思います。特集以外にも茂山憲史さん(『古代に真実を求めて』編集委員)の「『実証』と『論証』について」や合田洋一さん(古田史学の会・四国事務局長)の「『東日流外三郡誌』と永田富智先生」も古田学派ならではの優れた論文です。『倭国古伝』は自信作ですので、多くの皆様にお読みいただければ幸いです。


第1849話 2019/03/04

小笹 豊さん「九州見聞考」の警鐘(1)

 「古田史学の会」の論集『古代に真実を求めて』22集が今月末にも発行が予定されています。特集タイトルは「倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史」です。どのような表紙になるのか、全体としての出来映えはどうかと、今から楽しみにしています。
 おかげさまで、特集タイトルを書名とし、コンセプトを明確にした論集作りを始めた最初の1冊『盗まれた「聖徳太子」伝承』(18集)は比較的早く初刷りが完売し、増刷できました。一昨年出版した『失われた倭国年号《大和朝廷以前》』(20集)も、服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)からの報告によれば出版社(明石書店)の在庫も底をつき、もうすぐ増刷となりそうです。服部さんを始め、編集部の方々、そして執筆者・関係者のご尽力の賜です。
 論文集ですから掲載論文の学問的レベルが最も大切ですが、それでも売れなければ世に古田史学を広め、後世に伝えることができません。そうした「古田史学の会」の目的のためにも、訴求力を持ったタイトルの選定も重要です。結果として増刷になれば、そのタイトルは「合格」ということにもなりますので、「失われた倭国年号《大和朝廷以前》」も「合格」をいただけたようです。わたしは「古田史学の会」の代表ですから、論集の学問的レベルと販売部数(マーケットでの高評価獲得。会の財政事情改善)の両方に対して責任がありますので、まずは一安心です。
 今は2020年発行の『古代に真実を求めて』23集の特集について検討を進めています。来年がちょうど『日本書紀』編纂千三百年になりますから、『日本書紀』に関わるテーマが特集の有力候補として上がっています。そこで『日本書紀』に関わる既発表の研究論文の精査を連日行っています。その対象は『古田史学会報』だけではなく、広く古田学派の論文にも目を通しています。
 その作業を進める中で、驚きの論稿を「発見」しました。正しくは「再発見」のはずなのですか、当初、読んだときにはその論文の意義にわたしは気づけなかったようで、内容も完全に失念していました。その論稿とは「多元的古代研究会」機関紙『多元』No.115(2013年5月)に掲載された小笹豊さん(横浜市)の「九州見聞考」です。(つづく)


第1810話 2018/12/28

『倭国古伝』(仮称)の巻頭言

 明石書店から『古代に真実を求めて』22集の初校が送られてきました。編集部で決めた書名は『倭国古伝 -姫と英雄と神々の古代史-』です。巻頭言ではその書名について解説しました。しかしながら最終的には明石書店の同意が必要ですので、書名が変更になれば巻頭言も書き直さなければなりません。
 本の宣伝も兼ねて巻頭言原稿を紹介します。この年末年始は校正に終始しそうです。

【巻頭言】
勝者の歴史と敗者の伝承
     古田史学の会・代表 古賀達也

 本書のタイトルに採用した「倭国古伝」とは何か。一言でいえば〝勝者の歴史と敗者の伝承から読み解いた倭国の古代史〟である。すなわち、勝者が勝者のために綴った史書と、敗者あるいは史書の作成を許されなかった人々の伝承に秘められた歴史の真実を再発見し、再構築した古代日本列島史である。それをわたしたちは「倭国古伝」として本書のタイトルに選んだ。
 その対象とする時間帯は、古くは縄文時代、主には文字史料が残された天孫降臨(弥生時代前期末から中期初頭頃:西日本での金属器出現期)から大和朝廷が列島の代表王朝となる八世紀初頭(七〇一年〔大宝元年〕)までの倭国(九州王朝)の時代だ。
 この倭国とは歴代中国史書に見える日本列島の代表王朝であった九州王朝の国名である。早くは『漢書』地理志に「楽浪海中に倭人有り」と見え、『後漢書』には光武帝が与えた金印(漢委奴国王)や倭国王帥升の名前が記されている。その後、三世紀には『三国志』倭人伝の女王卑彌呼(ひみか)と壹與(いちよ)、五世紀には『宋書』の「倭の五王」、七世紀に入ると『隋書』に阿蘇山下の天子・多利思北孤(たりしほこ)が登場し、『旧唐書』には倭国(九州王朝)と日本国(大和朝廷)の両王朝が中国史書に始めて併記される。古田武彦氏(二〇一五年十月十四日没、享年八九歳)は、これら歴代中国史書に記された「倭」「倭国」を北部九州に都を置き、紀元前から中国と交流した日本列島の代表権力者のこととされ、「九州王朝」と命名された。
 『旧唐書』には「日本はもと小国、倭国の地を併わす」とあり、八世紀初頭(七〇一年)における倭国(九州王朝)から日本国(大和朝廷)への王朝交替を示唆している。この後、勝者(大和朝廷)は自らの史書『古事記』『日本書紀』を編纂し、そこには敗者(九州王朝・他)の姿は消されている。あるいは敗者の事績を自らの業績として記すという歴史造作をも厭うことはなかった。
 古田武彦氏により、古代日本列島には様々な文明が花開き、いくつもの権力者や王朝が興亡したことが明らかにされ、その歴史観は多元史観と称された。これは、神代の昔より近畿天皇家が日本列島内唯一の卓越した権力者・王朝であったとする一元史観に対抗する歴史概念である。わたしたち古田学派は古田氏が提唱されたこの多元史観・九州王朝説の立場に立つ。
 本書『倭国古伝』において、勝者により消された多元的古代の真実を、勝者の史書や敗者が残した伝承などの史料批判を通じて明らかにすることをわたしたちは試みた。そしてその研究成果を本書副題に「姫と英雄と神々の古代史」とあるように、「姫たちの古代史」「英雄たちの古代史」「神々の古代史」の三部構成として収録した。
 各地の古代伝承を多元史観により研究し収録するという本書の試みは、従来の一元史観による古代史学や民俗学とは異なった視点と方法によりなされており、新たな古代史研究の一分野として重要かつ多くの可能性を秘めている。本書はその先駆を志したものであるが、全国にはまだ多くの古代伝承が残されている。本書を古代の真実を愛する読者に贈るとともに、同じく真実を求める古代史研究者が多元史観に基づき、「倭国古伝」の調査研究を共に進められることを願うものである。
     平成三十年(二〇一八)十二月二三日、記了


第1809話 2018/12/23

『古代に真実を求めて』22集の目次

 『古代に真実を求めて』22集(来春発行)の目次が服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)から送られてきましたので、ご紹介します。編集部としては『倭国古伝』というタイトルを決めたのですが、これから明石書店と相談の上、最終決定されます。従って、タイトルはまだ仮題です。
 ご覧のように全国各地の古代伝承を多元史観により解説し、収録しています。教科書では教えない多くの日本人がまだ知らない古代伝承も少なくありませんし、九州王朝説にとっても貴重な史料根拠となるものもあります。刊行が楽しみな一冊です。

『倭国古伝 ―姫と英雄と神々の古代史―』
『古代に真実を求めて』第二十二集

 目次

●はじめに
○巻頭言 勝者の歴史と敗者の伝承           古賀達也
○古代伝承を「多元史観」で読み解く理由        西村秀己

●特集 倭国古伝―姫と英雄と神々の古代史―

一、 姫たちの古代史 
① 太宰府に来たペルシアの姫           正木 裕
② 大宮姫と倭姫王と薩摩比売           正木 裕
③ 肥前の「與止姫」伝承と女王壹與         古賀達也
④ 糸島の奈留多姫伝承と「日向三代」の陵墓    正木 裕
⑤ 駿河国宇戸ノ濱の羽衣伝承           正木 裕
⑥ 常陸と筑紫を結ぶ謡曲「桜川」と「木花開耶姫」 正木 裕

二、英雄たちの古代史
⑦ 讃岐「讃留霊王」伝説の多元史観的考察     西村秀己
⑧ 丹波赤渕神社縁起の表米宿禰伝承        古賀達也
⑨ 六十三代目が祀る捕鳥部萬の墓         久冨直子
⑩ 関東の日本武尊                藤井政昭
⑪ 筑後と肥後の「あまの長者」伝承         古賀達也
⑫ 天の長者伝説と狂心の渠            古賀達也
〔コラム1〕肥前肥後の「聖徳太子」伝承        古賀達也
〔コラム2〕湖国の「聖徳太子」伝承           古賀達也

三、神々の古代史
⑬ 縄文にいたイザナギイザナミ          大原重雄
⑭ 「天孫降臨」と「神武東征」の史実と虚構    正木 裕
〔コラム3〕天孫族に討たれたあらぶる神        服部静尚
〔コラム4〕「国譲り」と「天孫降臨」         橘高 修
〔コラム5〕和歌山の鎮西将軍伝承           古賀達也
⑮ 恩智と玉祖―河内に社領をもらった周防の神様  服部静尚
〔コラム6〕日本海側の「悪王子」「鬼」伝承 古賀達也
⑯ 安曇野に伝わる八面大王説話          橘高 修
⑰ 甲斐の「姥塚」深訪              井上 肇
⑱ 荒覇吐神社の現地報告             原 廣通
〔コラム7〕羽黒山修験道と九州王朝          古賀達也

●一般論文とフォーラム
一般論文 「実証」と「論証」について         茂山憲史
 フォーラム①『東日流外三郡誌』と永田富智先生    合田洋一
 フォーラム②「倭国溶暗」と信濃           鈴岡潤一

●付録
古田史学の会会則
古田史学の会 全国世話人・地域の会・名簿
編集後記


第1752話 2018/09/18

紀伊國屋書店大阪本町店の調査

 今日は大阪で仕事をしましたが、お昼の休憩時間に紀伊國屋本町店を訪れ、古代史コーナーのマーケットリサーチをしました。同店のロケーションがビジネス街ということもあり、ビジネス書や趣味の関連書籍に多くのスペースが割かれています。古代史コーナーは「日本史」の棚の最上段とその下の二段のみで、約120冊ほどしか並んでいません。従って、古代史関連書籍の棚は激戦区です。
 幸い、その最上段の一番右端に『発見された倭京』(古田史学の会編、明石書店刊。2018年3月)が一冊だけおかれていました。残念ながらその他の『古代に真実を求めて』や古田先生や古田説関連書籍は一冊も置かれていませんでした。その意味では、『発見された倭京』は大阪のビジネス街で善戦しているほうかもしれません。
 同店の日本古代史コーナーは「日本考古学」「縄文時代」「古墳」「邪馬台国」「古代」「記紀」という小コーナーに分類されており、『発見された倭京』は「古代」に分類されていました。9月15日に開催した『古代に真実を求めて』編集会議では、ちょうど『日本書紀』成立1300年に当たる2020年に発行する『古代に真実を求めて』23集の特集テーマとして『日本書紀』を取り上げることを検討していますが、紀伊國屋書店に「記紀」のコーナーがあることからも、この特集テーマはマーケティングの視点からも良いかもしれません。
 『古代に真実を求めて』のタイトルにご批判をいただくこともあるのですが、もし売れなかったら論文を投稿していただいた会員に申し訳ありませんし、「古田史学の会」の財政基盤にも悪影響(単年度赤字決算)を及ぼします。もちろん、売れなければ明石書店も発行を引き受けてくれなくなるかもしれませんし、それは編集部員を任命した「古田史学の会」代表のわたしの責任です。売れる本作りのために編集部の皆さんが特集内容や論文の学問的レベルだけではなく、タイトル選考にも苦心惨憺していることをご理解いただければ幸いです。


第1747話 2018/09/06

古代建築物の南北方位軸のぶれ

 先日の東京講演会(『発見された倭京』出版記念)の終了後、後援していただいた東京古田会・多元的古代研究会の役員の皆さんと夕食をご一緒し、親睦を深めました。講師の山田春廣さん・肥沼孝治さんもご同席いただき、講演冒頭で披露された手品のタネあかしを肥沼さんにしていただいたりしました。
 懇親会散会後も喫茶店で肥沼さん和田さん(多元的古代研究会・事務局長)と研究テーマなどについて情報交換しました。特に肥沼さんが精力的に調査されている古代建築物や官衙・道路の「南北軸の東偏」現象について詳しく教えていただきました。
 古代建築には南北軸が正方位のものや西偏や東偏するものがあることが知られており、7世紀初頭頃から九州王朝の太宰府条坊都市を筆頭に南北軸が正方位の遺構が出現し、その設計思想は前期難波宮の副都造営に引き継がれています。他方、西偏や東偏するものもあり、都市の設計思想の変化(差異)が想定されます。肥沼さんはこの東偏する遺跡が東山道沿いに分布していることを発見され、その分布図をご自身のブログ(肥さんの夢ブログ)に掲載されています。人気のブログですので、ぜひご覧ください。
 肥沼さんの見解では東偏は中国南朝の影響ではないかとのことで、南朝の都城の方位軸の精査を進められています。この仮説が妥当であれば、東偏した遺跡は少なくとも5〜6世紀まで遡る可能性があり、それは正方位や西偏の古代建築物や遺構よりも古いことになり、古代遺跡の相対編年にも使用できそうです。
 わたしからは土器編年による遺構相対年代のクロスチェックを提案しました。土器編年がそれらの相対編年に対応していれば、学問的にも信頼性の高い相対編年が可能となるからです。このように肥沼さんの研究は、その新規性や古代史学に貢献する進歩性の両面で優れたものです。期待を込めて研究の進展を注目したいと思います。
 最後に、肥沼さんから『よみがえる古代武蔵国府』(府中郷土の森博物館発行)というオールカラーの小冊子をいただきました。これがなかなかの優れもので、当地の遺跡や遺物、その解説がカラー写真で載せられています。これからしっかりと読みます。


第1739話 2018/09/01

『発見された倭京』東京講演会レポート

 今日は東京家政学院大学(千代田三番町キャンパス)にて、『発見された倭京』出版記念東京講演会を開催しました。約80名の聴講者を前に、山田春廣さん・肥沼孝治さん・正木裕さんが講演されました。いずれの講演も九州王朝説に基づく最新の研究成果であり、初めて聞くテーマもあり意義深いものでした。司会は冨川ケイ子さん(古田史学の会・全国世話人、相模原市)。わたしは冒頭に主催者挨拶をさせていただきました。
 肥沼さんは冒頭にマジックをご披露され、一気に会場を和ませる手腕は流石です。講演では、7世紀中頃に九州王朝により造営された古代官道や建物遺構が当初は中国南朝の影響を受けて南北方位が東偏していることなど、武蔵国分寺遺構や府中市の古代遺構の方位を具体例として説明され、わかりやすいものでした。
 肥沼さんの報告を受けて、山田さんは九州王朝官道の全体像やその性格(軍管区)を西村仮説(西村秀己「五畿七道の謎」『発見された倭京』)をガイドラインとして展開されました。中でも大和朝廷による「山陰道・北陸道」を九州王朝の「北陸道」とする仮説を更に発展させ、ある時期にはその「北陸道」が「北海道」であったとされました。更にそのことから日本海の南側は「北海」と呼ばれていたとされ、その史料根拠も提示されました。この一連の仮説の進化と論理性にはとても驚かされました。ぜひ、関西でも講演していただきたいと思いました。
 正木さんからは関西でも好評を博したテーマ「大宰府に来たペルシャの姫 — 薩摩に帰ったチクシ(九州王朝)の姫」が講演され、東京でも好評でした。
 講演会終了後は講師を囲んで、東京古田会と多元的古代研究会の役員の皆さんと懇親会を持ち、古田史学を継承する三団体の親睦を深めました。遠くは信州から参加された吉村さんや関東の皆さんに御礼申し上げます。


第1719話 2018/08/11

『発見された倭京』出版記念講演会の準備

 9月には『発見された倭京 太宰府都城と官道』出版記念講演会を東京(9/01、東京家政学院大学千代田キャンパス)と大阪(9/09、i-siteなんば)で、10月14日(日)には久留米大学(御井キャンパス)で開催します。東京講演会は講師の肥沼孝治さん・山田春廣さん、そして正木裕さん(古田史学の会・事務局長)により、講演で使用するパワーポイントの準備やレジュメの作成が着々と進められています。
 大阪ではわたしも講演しますので、その準備を進めています。36枚のシートを使用して太宰府と前期難波宮について、全国支配に必要な規模と様式を持つ都城という視点で発表します。かなり完成度の高い研究発表になりそうです。多くの皆さんのご参加をお願いします。

9月1日『発見された倭京』東京講演会済み

9月9日『発見された倭京』大阪講演会済み

10月14日『発見された倭京』九州講演会済み