「 古事記 」一覧

第394話 2012/03/08

『古事記』千三百年の孤独(2)

『古事記』の史料性格を考える際、その大前提ともいうべきテーマがあります。それは皆さんもご存じの通り、『古事記』は 大和朝廷の正史として採用されることなく「隠蔽」され、『日本書紀』が正史として後世に伝えられたという歴史的事実です。この事実は次のことを指し示しま す。すなわち、『古事記』は編纂当時の大和朝廷の天皇にとって、不都合かつ不必要な史書であり、『日本書紀』は逆に都合がよく、必要であったということで す。
もし『古事記』が不都合でなければ、『日本書紀』とともに併用して普及あるいは後世に公的に伝えられたはずですが、実際は中世に真福寺から「発見」され るまで、書名こそ伝わっていたものの存在が不明な史書だったのです。ですから、『古事記』が大和朝廷にとって不都合で後世に伝えたくなかった史書であるこ とは明らかです。
それでは『古事記』の何が不都合だったのでしょうか。そのことを調べる方法が残されています。それは正史『日本書紀』と比較することによって、判明する はずです。『日本書紀』は天皇家にとって都合が良かったから正史として採用されたのですから、両書を引き算すればよいのです。『日本書紀』マイナス『古事 記』イコール「都合の良い部分(日本書紀の中の)」と「都合の悪い部分(古事記の中の)」と見なす。この方法です。これは古田先生が『盗まれた神話』で提 起された学問の方法で、わたしたち古田学派にとってお馴染みの方法です。(つづく)


第393話 2012/03/07

『古事記』千三百年の孤独(1)

今年は『古事記』編纂1300年に当たることから、様々な『古事記』関連書籍が出版されています。書店でそれらをパラパラパラと立ち読みしているのですが、いずれも期待はずれで、購入する気になれません。皆さんはいかがでしょうか。
わたしの見るところ、古田先生以外の学者や作家のほとんどは『古事記』を正しく理解していないようです。その意味では1300年たっても理解者が極めて 少ないこの状況は、「『古事記』千三百年の孤独」と表現できそうです。もちろんこれは、わたしが好きな南米チリのノーベル賞作家ガルシア・マルケスの名著 『百年の孤独』の模倣です。
『古事記』編纂1300年という良い機会ですので、九州王朝説・多元史観から見た『古事記』の史料性格について考えてみることにします。
大局的には、大和朝廷による『古事記』編纂の目的として、二つの動機が推定されます。一つは、先住した九州王朝を否定し、大和朝廷こそ神代の時代から日 本列島の代表者であったと主張(偽装)すること。もう一つは、『古事記』編纂時の天皇が大和朝廷の正当な後継者であることを主張(いいわけ)することで す。
こうした視点から分析考察する上で、わたしたちは格好の比較史料『日本書紀』を有しています。というのも、『古事記』と『日本書紀』を比較することによ り、『古事記』の史料性格が鮮明に浮かび上がってくるからです。以下、具体的に述べていきます。(つづく)


第304話 2011/02/20

『古事記』真福寺本の「天治弟」

 わたしの所には全国各地から古代史の論文や著書が贈られてきます。この場をお借りして御礼申し上げます。つい先日も古田史学の会会員の古谷弘美さん(枚方市在住)より、秀逸の論文が送られてきました。「古事記における「沼」と「治」について ーー岩波日本思想大系古事記と桜楓社真福寺本古事記影印との比較」という論文です。
 古谷さんは関西例会の常連参加者で、これまで例会や会報に発表をされたことはありませんが、優れた研究者として関西例会では鋭い指摘や質問をされてきま した。今回、古谷さんの研究原稿を初めていただいたのですが、『古事記』真福寺本の「天沼矛(あまのぬぼこ)」の字形についての研究です。
 『古事記』冒頭のイザナギとイザナミがオノゴロ島を造るときに使用した「天沼矛(あまのぬぼこ)」が、真福寺本では「天沼弟(あまのぬおと)」と記されていることを古田先生が指摘され、「沼弟」を銅鐸(ぬ)の音(おと)のこととする説を近年発表されました。ところが、古谷さんは真福寺本の全調査をされ、 従来説の「天沼矛(あまのぬぼこ)」でも、古田説の「天沼弟(あまのぬおと)」でもなく、「天治弟(あまのちおと)」であると発表されたのです。その際、 真福寺本の「治」と「沼」の字の全調査をされ、例えば従来は「沼河比賣」「天沼琴」とされてきた字形なども、「治河比賣」「天治琴」であると指摘されたの です。もちろん、古事記本来の表記がどうであったかは今後の研究課題です。
 このような字形の全調査という実証的な研究手法は古田史学にふさわしいものです。同論文の他に、古谷さんは周代史料に短里表記による都市の大きさが記されているという論文も書かれています。こちらは『古田史学会報』に掲載予定です。関西から新たな論客が会報デビューです。古谷さんのこれからの研究が期待 されます。