倭人伝「七万余戸」の考察 (5)
―50年逆行する「邪馬台国」畿内説―
今回のテーマ「七万余戸」に限らず、文献史学の「邪馬台国」畿内説論者たちは、倭人伝に記された里数値や行程方角、戸数などをなぜか信頼できないとします。そこで、代表的な畿内説論者の仁藤敦史さんの著書・論文(注①)を取り寄せ、読んでみました。その読後感は「倭人伝研究が古田武彦以前の状況、言わば50年逆行している」というものでした。ちなみに同様の感想を、古田学派の中でも中国史書・倭人伝研究に最も精通する谷本茂さん(古田史学の会・編集部、日本科学史学会・会員)も漏らされていました。
谷本さんは京都大学時代(工学部)からの古田説支持者で、中国古典の天文算術書『周髀算経』の研究により、周代に短里(1里=76~77m)が使用されていたことを明らかにした研究業績が著名です(注②)。その谷本さんから、仁藤さんら「邪馬台国」畿内説論者の倭人伝研究は「50年、時代に逆行している」と聞いていたのですが、実際に読んでみると、まさにその通りでした。併せて読んだ安本美典氏の著作『「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く!』(注③)の方が考古学エビデンスも解釈も〝はるかにまとも〟と思えたほどです。
詳しくは後述しますが、古田先生や谷本さんが明らかにした魏・西晋朝短里説は、「邪馬台国」畿内説にとって最も不都合な仮説なのです。その証拠に、仁藤さんや渡邉義浩さんの著書(注④)には、古田先生が50年前に提起し、当時論争が続いた短里説が全く扱われていません(注⑤)。短里説の存在を読者には絶対に知られたくないかのようでした。(つづく)
(注)
①仁藤敦史『卑弥呼と台与』山川出版社、2009年。
同「倭国の成立と東アジア」『岩波講座 日本歴史』第一巻、岩波書店、2013年。
②谷本茂「中国最古の天文算術書『周髀算経』之事」『数理科学』1978年3月。
同「解説にかえて 魏志倭人伝と短里 ―『周髀算経』の里単位―」、古田武彦『邪馬一国の証明』角川文庫、1980年。
同「『邪馬一国の証明』復刻版解説」、古田武彦『邪馬一国の証明』ミネルヴァ書房、2019年。
③安本美典『「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く!』宝島社新書、2009年。
④渡邉義浩『魏志倭人伝の謎を解く』中公新書、2010年。
⑤古田武彦『「邪馬台国」はなかった ―解読された倭人伝の謎―』朝日新聞社、1971年(昭和46)。ミネルヴァ書房より復刻。
古田武彦・谷本茂『古代史の「ゆがみ」を正す 「短里」でよみがえる古典』新泉社、1994年。
【写真】谷本茂「中国最古の天文算術書『周髀算経』之事」の短里計算式と関西例会で発表する谷本さん