古田史学の会一覧

第2016話 2019/10/19

『隋書』帝紀に「国」が見えない理由

 本日、「古田史学の会」関西例会がアネックスパル法円坂(大阪市教育会館)で開催されました。11月もアネックスパル法円坂、12月はI-siteなんば、1月はアネックスパル法円坂、2月はI-siteなんばで開催します。
 1月は例会翌日の19日(日)午後に恒例の「新春古代史講演会」(会場:アネックスパル法円坂)も開催します。こちらにも、ぜひご参加下さい。
 今回も優れた発表が続きました。中でも、岡下さんの『隋書』国伝の「国」を帝紀に見える「倭国」のこととする論証は見事でした。関西例会ではこれまでも「国」=「倭国」とする諸仮説が何人かの研究者により発表されてきましたが、今回の岡下さんの仮説は最も骨太で単純明快な論証のように思いました。
 それは、『隋書』国伝には「新羅・百済、皆イ妥を以て大国と為し」とあり、新羅や百済よりも有力な大国であるとされているのに、『隋書』の帝紀には「国」は現れず、列伝(国伝)にのみ記されていること。逆に「倭国」は列伝に「倭国伝」も置かれていないのに、帝紀(煬帝紀)には二回記されていることを指摘され、こうした現象は不自然であり、従って、帝紀の「倭国」と列伝の「国」は同じ国であり、ある意図を持って列伝では「倭」を「」と書き換えられたとされました。
 古田説では「国」を九州王朝、「倭国」を近畿天皇家のこととされていますから、今後の論争や比較検証が期待されます。
 正木さんからは『記紀』に見える隼人記事と『続日本紀』の隼人記事を比較され、『記紀』では隼人は敵対勢力ではなく、『続日本紀』になると敵対勢力として討伐されている点に着目され、古代における隼人の実態に迫られました。また宮中祭祀などで隼人が執り行う「吠声」は神聖な先払いの所作「警蹕(けいひつ)」であることを明らかにされ、今上天皇の即位儀礼でもこの「警蹕(けいひつ)」がなされるであろうとされました。
 隼人の研究は西村秀己さん等の先行研究もあり、今回の正木さんの研究により、隼人の実態解明が更に進むことが予想されます。
 この他にも、谷本さんからは、巨大前方後円墳に関しての北條芳隆さんの「前方後円墳はなぜ巨大化したか」(『考古学講座』ちくま新書、2019年5月)の論点を興味深いものと批判的に紹介されました。近年の考古学者の研究論文の傾向に変化が現れていることを感じさせる発表でした。
 今回の例会発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。

〔10月度関西例会の内容〕
①天をなぜアマ・アメと訓むのか(八尾市・服部静尚)
②神聖なる扇と箒の形の意味すること(大山崎町・大原重雄)
③雄略紀の朝鮮半島記事について(茨木市・満田正賢)
④前方後円墳巨大化の理由をめぐって(神戸市・谷本 茂)
⑤(再)竹斯国と国の領域 ー隋書国伝の新解釈ー(姫路市・野田利郎)
⑥『隋書』国伝を考える(再)(京都市・岡下英男)
⑦『記紀』と『続日本紀』、二つの「隼人」(川西市・正木 裕)

○事務局長報告(川西市・正木 裕)
《会務報告》
◆新入会員情報。(九州王朝の故地、糸島市から入会あり)

◆「古田史学の会」新年古代史講演会
 01/19 13:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
 ※講師・テーマは未定ですが、新年号「令和」に関わる『万葉集』をテーマとすることなどを検討しています。

◆「古田史学の会」関西例会(第三土曜日開催) 参加費500円
 11/16 10:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
 12/21 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば
 01/18 10:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
 02/15 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば

◆11/09〜10 「古田武彦記念古代史セミナー2019」の案内。主催:公益財団法人大学セミナーハウス。共催:多元的古代研究会、東京古田会、古田史学の会、古田史学の会・東海。

《各講演会・研究会のご案内》
◆「誰も知らなかった古代史」(正木 裕さん主宰。会場:森ノ宮キューズモール) 参加費500円
 10/25 18:30〜20:00 「古墳・史跡を地域の活性化に活かすー百舌鳥・古市古墳群等の世界遺産登録を受けて」講師:正木 裕さん。
 11/22 18:30〜20:00 「盗まれた天皇陵 俾弥呼の墓はどこに」講師:服部静尚さん。

◆10/26(土) 13:30〜16:30 「古代史講演会in八尾」(会場:八尾市文化会館プリズムホール 近鉄八尾駅から徒歩5分) 参加費500円
 ①「九州王朝説とは」②「恩智と玉祖-河内に所領をもらった神様」講師:服部静尚さん。

◆「古代大和史研究会」講演会(原 幸子代表) 参加費500円
 11/05 10:00〜17:00 会場:奈良新聞本社西館(奈良市法華寺町2番地4)
    10:00〜11:30 「万葉集Ⅱ〜白村江の戦い(前編)」講師:正木 裕さん。
    11:30〜12:30 《昼食休憩》
    12:30〜14:00 「万葉集Ⅱ〜白村江の戦い(後編)」講師:正木 裕さん。
    14:00〜14:15 「日本古代史報道の問題とマスコミの体質」講師:茂山憲史さん。
    14:30〜15:30 「孔子と弟子の倭人たち」講師:青木英利さん。
    15:30〜16:30 「物部戦争と捕鳥部萬」講師:服部静尚さん。
    16:30〜17:00 パネルディスカッション「史実伝承の断絶」座長:茂山。パネラー:青木・正木・服部。

◆「和泉史談会」講演会(辻野安彦会長。会場:和泉市コミュニティーセンター) 参加費500円
 11/12 14:00〜16:00 「万葉歌に見る壬申の乱」講師:正木 裕さん。

◆「市民古代史の会・京都」講演会(事務局:服部静尚さん・久冨直子さん)。毎月第三火曜日(会場:キャンパスプラザ京都) 参加費500円
11/19 18:30〜20:00 「能楽の中の古代史(1)謡曲「羽衣」に秘められた古代史」講師:服部静尚さん。


第2015話 2019/10/14

被災者へのお見舞い

『古田史学会報』154号のご案内

 このたびの台風19号により被災された皆様へお見舞い申し上げ、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また、「古田史学の会」を代表しまして、被災地の会員の皆様のご無事と一日も早い復興をお祈り申し上げます。
古田史学の会・代表 古賀達也

 『古田史学会報』154号が発行されました。一面には大原さんの論稿「箸墓古墳の本当の姿について」が掲載されました。箸墓古墳は元来は円墳だったとする見解(方部付加説)とその根拠について肯定的に紹介されたもので、わたしは説得力を感じました。

 満田さんは会報初登場です。持統紀に頻出する〝吉野詣で〟の理由について、古田説とは異なる視点(持統の乗馬趣味)で新仮説を発表されました。

 わたしは、曹操墓から出土した鉄鏡と日田市ダンワラ古墳出土の鉄鏡が類似しているという問題に関連して、ダンワラ古墳から出土したとした梅原末治氏の研究が〝「皇帝の所有物にふさわしい最高級の鏡」がなぜ九州に――。研究者らは首をかしげる。〟と否定的に学者やマスコミから取り上げられている現状を問題とする論稿「曹操墓と日田市から出土した鉄鏡」を発表しました。

 154号に掲載された論稿は次の通りです。この他にも優れた投稿がありましたが、次号以降での掲載となりますので、ご了解下さい。また、投稿される方は字数制限(400字詰め原稿用紙15枚程度)に配慮され、テーマを絞り込んだ簡潔な原稿とされるようお願いします。

『古田史学会報』154号の内容
○箸墓古墳の本当の姿について 京都府大山崎町 大原重雄
○持統の吉野行幸について 茨木市 満田正賢
○飛ぶ鳥のアスカは「安宿」 京都市 岡下英男
○壬申の乱 八尾市 服部静尚
○曹操墓と日田市から出土した鉄鏡 京都市 古賀達也
○「壹」から始める古田史学・二十
磐井の事績 古田史学の会事務局長 正木 裕
○『古田史学会報』原稿募集
○古田史学の会・関西 史跡めぐりハイキング
○古田史学の会・関西例会のご案内
○各種講演会のお知らせ
○編集後記 西村秀己


第2015話 2019/10/14

被災者へのお見舞い
『古田史学会報』154号のご案内

 このたびの台風19号により被災された皆様へお見舞い申し上げ、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また、「古田史学の会」を代表しまして、被災地の会員の皆様のご無事と一日も早い復興をお祈り申し上げます。
                 古田史学の会・代表 古賀達也

 『古田史学会報』154号が発行されました。一面には大原さんの論稿「箸墓古墳の本当の姿について」が掲載されました。箸墓古墳は元来は円墳だったとする見解(方部付加説)とその根拠について肯定的に紹介されたもので、わたしは説得力を感じました。
 満田さんは会報初登場です。持統紀に頻出する〝吉野詣で〟の理由について、古田説とは異なる視点(持統の乗馬趣味)で新仮説を発表されました。
 わたしは、曹操墓から出土した鉄鏡と日田市ダンワラ古墳出土の鉄鏡が類似しているという問題に関連して、ダンワラ古墳から出土したとした梅原末治氏の研究が〝「皇帝の所有物にふさわしい最高級の鏡」がなぜ九州に――。研究者らは首をかしげる。〟と否定的に学者やマスコミから取り上げられている現状を問題とする論稿「曹操墓と日田市から出土した鉄鏡」を発表しました。
 154号に掲載された論稿は次の通りです。この他にも優れた投稿がありましたが、次号以降での掲載となりますので、ご了解下さい。また、投稿される方は字数制限(400字詰め原稿用紙15枚程度)に配慮され、テーマを絞り込んだ簡潔な原稿とされるようお願いします。

『古田史学会報』154号の内容
○箸墓古墳の本当の姿について 京都府大山崎町 大原重雄
○持統の吉野行幸について 茨木市 満田正賢
○飛ぶ鳥のアスカは「安宿」 京都市 岡下英男
○壬申の乱 八尾市 服部静尚
○曹操墓と日田市から出土した鉄鏡 京都市 古賀達也
○「壹」から始める古田史学・二十
 磐井の事績 古田史学の会事務局長 正木 裕
○『古田史学会報』原稿募集
○古田史学の会・関西 史跡めぐりハイキング
○古田史学の会・関西例会のご案内
○各種講演会のお知らせ
○編集後記 西村秀己


第2004話 2019/10/03

『東京古田会ニュース』188号の紹介

『東京古田会ニュース』188号が届きました。今号も力作揃いでした。拙稿「山城(京都市)の古代寺院と九州王朝」も掲載していただきました。今まで古田史学・多元史観の研究者からはほとんど取り上げられることがなかった京都市域の七世紀の寺院遺跡を紹介し、それらと九州王朝との関係性についての可能性を論じたものです。京都市は近畿天皇家の千年の都・平安京の地ですから、そこが九州王朝と関係があったとは思いもしませんでした。本格的な調査研究はこれからですが、新たな多元的「山城国」研究の展開が期待されます。
 今号で最も注目した論稿は安彦克己さんの「『ダークミステリー』は放送法四条に違反する」でした。今年6月13日、NHKより放送された『ダークミステリー 隠された謎』において、『東日流外三郡誌』などの「和田家文書」を偽作として解説し、それを古田先生が真作として支持したことを揶揄するという、悪質な番組編成を安彦さんは批判されました。そしてそれは放送の中立性と公平性を定めた放送法四条に違反していると指弾されました。まことにもっともなご意見です。
 近年のテレビ報道番組などの中立性・公平性について問題が少なくないことは各方面から指摘されているところで、今回の安彦さんの論稿はこうした現代メディア批判でもあり、貴重な意見表明です。なお、同番組のことは、9月16日に開催した『倭国古伝』出版記念東京講演会の懇親会で安彦さんから教えていただいたもので、それまでわたしは知りませんでした。なぜ古田武彦攻撃のような番組がこの時期に放送されたのか、気になるところです。「和田家文書」の史料価値をどのようにして社会に訴えていくべきか、よく考える必要があるように思いました。


第1995話 2019/09/21

「奈良新聞」が『倭国古伝』を紹介

 本日、「古田史学の会」関西例会がI-siteなんばで開催されました。10月、11月はアネックスパル法円坂(大阪市教育会館)、12月はI-siteなんばで開催します。
 今日の発表で最も印象深かったのが谷本さんの『古事記』真福寺本の史料批判でした。真福寺本に見える「沼弟(ぬおと)」を〝銅鐸の音〟とされた古田説に対して、「弟」は「矛」の誤字あるいは古い字体と考えた方がよく、通説通り「沼矛(ぬほこ)」と解すべきとされました。
 同様の研究は安藤哲朗さん(多元的古代研究会・会長)もなされており(未発表)、また真福寺本の字形は「沼弟」ではなく、「治弟」であるという指摘も古谷弘美さん(古田史学の会・全国世話人)がされてきたところです(「洛中洛外日記」657話 2014/02/08〝『古事記』真福寺本を見る〟)。わたしも真福寺本(1371〜1372年書写)とほぼ同時期に成立した『古事記』道果本(1381年書写。天理図書館蔵)には「沼矛」とあることを「洛中洛外日記」676話(2014/03/11)〝『古事記』道果本の「天沼矛」〟で報告したことがありましたので、感慨深く谷本さんの報告を聞きました。
 正木事務局長からは、「奈良新聞」9/19に『倭国古伝』が写真付きで紹介されたことの報告がありました。同新聞を竹村順弘さん(古田史学の会・事務局次長)からいただきました。「奈良新聞」読者3名に『倭国古伝』をプレゼントするという企画で、「九州王朝から大和朝廷へ、8世紀初頭の王朝交替で葬り去られた古代の真実を再発見する論考を集めた。勝者の史書と、各地に残る敗者の伝承を読み解く。『姫たちの古代史』『英雄たちの古代史』『神々の古代史』の3部構成。」と、同書を正確に好意的に紹介されていました。ありがたいことです。
 今回の例会発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。

〔9月度関西例会の内容〕
①なぜ蛇は神なのか? オロチを切るスサノオ(大山崎町・大原重雄)
②横穴式石室について(八尾市・服部静尚)
③竹斯国と国の領域ー隋書国伝の新解釈ー(姫路市・野田利郎)
④「日本」をヤマトと読ませた『日本書紀』の謎解明への一考察(高槻市・佐々木茂男)
⑤『古事記』真福寺本の史料価値(神戸市・谷本 茂)
⑥「石井の乱」と九州年号「継体」ー石井の乱はいつ発生したかー(大阪市・西井健一郎)
⑦三品論文「継体紀の諸問題」の二つの要点について(茨木市・満田正賢)
⑧筑紫君磐井は「九州年号」を作り、聖徳太子の生涯も「九州年号」で記されていた(川西市・正木 裕)

○事務局長報告(川西市・正木 裕)
《会務報告》
◆新入会員情報(8月から7名入会。『倭国古伝』読者の入会が多い)。

◆9/16(月・祝) 13:30〜17:00『倭国古伝-姫と英雄と神々の古代史』出版記念東京講演会(文京区民センター)と懇親会の報告。

◆「奈良新聞」9/19に『倭国古伝』が写真付きで紹介されました。

◆10/26(土) 13:30〜15:30 「古代史講演会in八尾」 会場:八尾市文化会館プリズムホール(近鉄八尾駅から徒歩5分)
 ①「九州王朝説とは」②「恩智と玉祖-河内に所領をもらった神様」講師:服部静尚さん。

◆「古田史学の会」関西例会(第三土曜日開催)
 10/19 10:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
 11/16 10:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
 12/21 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば

◆11/09〜10 「古田武彦記念古代史セミナー2019」の案内。主催:公益財団法人大学セミナーハウス。共催:多元的古代研究会、東京古田会、古田史学の会。

《各講演会・研究会のご案内》
◆「誰も知らなかった古代史」(正木 裕さん主宰)
 9/27 18:45〜20:15 「中国正史の東夷伝と短里-漢書から梁書まで」講師:谷本 茂さん(古田史学の会・会員)。
   ※会場:アネックスパル法円坂。
 10/25 18:45〜20:15 「古墳・城郭を地域に活かす」講師:正木 裕さん。   ※10月から、会場が以前の森ノ宮キューズモールに戻ります。

◆「古代大和史研究会」講演会(原 幸子代表。会場:奈良県立情報図書館。参加費500円)
 10/01 10:00〜12:00 「万葉集①〜白村江の戦い・開戦前夜」講師:正木 裕さん。
 11/05 10:00〜17:00 「万葉集②〜白村江の戦い」講師:正木 裕さん。    ※この回の会場:奈良新聞本社西館(奈良市法華寺町2番地4)
 12/03 10:00〜12:00 「万葉集③〜白村江の戦い」講師:正木 裕さん。    ※この回の会場:奈良新聞本社西館(奈良市法華寺町2番地4)

◆「和泉史談会」講演会(辻野安彦会長。会場:和泉市コミュニティーセンター。参加費500円)
 10/08 14:00〜16:00 「壬申の乱」講師:服部静尚さん。

◆「市民古代史の会・京都」講演会(事務局:服部静尚さん・久冨直子さん)。毎月第三火曜日(会場:キャンパスプラザ京都。参加費500円)。
10/15 18:45〜20:15 「飛鳥の謎」講師:服部静尚さん。

◆9/14 豊中歴史同好会の参加報告。


第1994話 2019/09/19

福島原発事故による古田先生の変化(3)

 古田先生が、ミネルヴァ書房版『ここに古代王朝ありき』巻末の「日本の生きた歴史(五)」(2010年8月6日)を執筆された翌年の3月11日に東北大震災が発生し、数日後には福島第一原発が爆発しました。この災難に「古田史学の会」も翻弄されました。とりわけ、「古田史学の会・仙台」の会員の方々と連絡がとれず、何ヶ月も憂慮する日々が続きました。東北大学ご出身の古田先生には尚更のことと思われました。たとえば、阪神淡路大震災のときも古田先生は被災者に心を痛められ、当時出版されたご著書の印税などを神戸市に寄贈されたこともあったほどですから。
 特に原発の爆発事故には深く関心を示されたようで、翌2012年11月20日には東京大学教授の安冨歩さんの著書『原発危機と東大話法』(2012年1月、明石書店)が古田先生から贈られてきました。今までも歴史関係の本や論文を頂いたことは少なくなかったのですが、この種の本を先生から頂いたのは初めてのことでした。
 そうしたこともあって、古田先生と原発問題などについて話す機会が増えました。そのことを記した「洛中洛外日記」を紹介します。

【以下、転載】
「洛中洛外日記」514話(2013/01/15)
「古田武彦研究自伝」

 12日に大阪で古田先生をお迎えし、新年賀詞交換会を開催しました。四国の合田洋一さんや東海の竹内強さんをはじめ、遠くは関東や山口県からも多数お集まりいただきました。ありがとうございます。
 今年で87歳になられる古田先生ですが、お元気に二時間半の講演をされました。その中で、ミネルヴァ書房より「古田武彦研究自伝」を出されることが報告されました。これも古田史学誕生の歴史や学問の方法を知る上で、貴重な一冊となることでしょう。発刊がとても楽しみです。
 当日の朝、古田先生をご自宅までお迎えにうかがい、会場までご一緒しました。途中の阪急電車の車中で、古代史や原発問題・環境問題についていろいろと話しました。わたしは、原発推進の問題を科学的な面からだけではなく、思想史の問題として捉える必要があることを述べました。
 原発推進の論理とは、「電気」は「今」欲しいが、その結果排出される核廃棄物質は数十万年後までの子孫たちに押しつけるという、「化け物の論理」であり、この「論理」は日本人の倫理観や精神を堕落させます。日本人は永い歴史の中で、美しい国土や故郷・自然を子孫のために守り伝えることを美徳としてきた民族でした。ところが現代日本は、「化け物の論理」が国家の基本政策となっています。このような「現世利益」のために末代にまで犠牲を強いる「化け物の論理」が日本思想史上、かつてこれほど横行した時代はなかったのではないか。これは極めて思想史学上の課題であると先生に申し上げました。
 すると先生は深く同意され、ぜひその意見を発表するようにと勧められました。賀詞交換会で古田先生が少し触れられた、わたしとの会話はこのような内容だったのです。古代史のテーマではないこともあり、こうした見解を「洛中洛外日記」で述べることをこれまでためらってきましたが、古田先生のお勧めもあり、今回書いてみました。
【転載おわり】

 おそらく、福島第一原発の爆発事故により、古田先生は核兵器や原発についての考察をより深め、考えを変えられたのではないかとわたしは推測しています。(つづく)


第1976話 2019/08/30

『多元』No.153のご紹介

 友好団体の「多元的古代研究会」の会紙『多元』No.153が届きました。同号には拙稿「難波から出土した筑紫の土器 -文献史学と考古学の整合-」を掲載していただきました。同稿において、前期難波宮九州王朝複都説に対して、当地から九州との関係を示すものは出土していないという批判への反論として、上町台地から出土した北部九州の須恵器などを紹介しました。末尾には次の一文を加えました。

【以下、転載】
《補記2》「副都」と「複都」
 本稿では前期難波宮を「九州王朝複都」と表記しましたが、当初わたしは「九州王朝副都」と理解していました。その後、複数の研究者からのご意見もいただき、「副都(secondary capital city)」とするよりも、「複都(multi-capital city)」(太宰府倭京と難波京の両京制:dual capital system)とするのが妥当との理解に至りました。
【転載おわり】

 服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)の論稿「二つの古田説 天皇称号のはじめ」も掲載されており、近畿天皇家の天皇称号の始まりを7世紀初頭からとする古田旧説と「船王後墓誌」に見える「天皇」を九州王朝の天子の別称とする古田新説を紹介され、古田旧説を支持する古賀論稿への批判を展開されました。当テーマは「古田史学の会」関西例会でも続けられている論争テーマでもあり、興味深く拝読しました。わたしは、〝学問は批判を歓迎し、真摯な論争は研究を深化させる〟と考えていますので、服部さんからのハイレベルな批判は大歓迎です。重要かつ難しいテーマですので、時間をかけて検討していきたいと考えています。
 この他に内倉武久さん(富田林市)の「継体紀のなぞと福岡・巨大前方後円墳」では、福岡県田川郡赤村で「発見」された「巨大前方後円墳」を「ほぼ間違いなく安閑天皇の陵墓」と紹介されていました。同テーマについては「洛中洛外日記【号外】」で触れたことがありますので、ご参考までに転載します。

【以下、転載】
古賀達也の洛中洛外日記【号外】
2018/07/21
『九州倭国通信』No.191のご紹介
 (前略)
 同紙には松中祐二さんの秀逸の論稿「『赤村古墳』を検証する」が掲載されていました。本年三月、西日本新聞で報道された「卑弥呼の墓」「巨大前方後円墳」発見かとされたニュースに対して、松中さんは現地(福岡県田川郡赤村)調査や国土地理院の地形データを丹念に検証され、結論として前方後円墳とは認め難く、自然丘陵であるとの合理的な結論を導き出されました。
 松中さんは北九州市で医師をされており、古くからの古田ファンです。その研究スタイルは理系らしく、エビデンスに基づかれた論理的で合理的なもので、以前から注目されていた研究者のお一人です。今回の論稿でも国土地理院の等高線からその地形が前方後円墳の形状をなしておらず、上空からみたときの道路が「前方後円」形状となっているに過ぎないことを見事に説明されました。
 当地の自治体の文化財担当者の見解も、新聞報道によれば「丘陵を『自然地形』として、前方後円墳の見方を否定している」とのことで、そもそもこの丘陵を前方後円墳とか卑弥呼の墓とか言っている時点で“まゆつばもの”だったようです。松中さんは論稿を次の言葉で締めくくっておられますが、深く同意できるところです。
 「なお、赤村丘陵の後円部だけを取り出し、『卑弥呼の墓』だとする意見もあるようだが、本会会員にとっては、この説は長里に基づく謬説である、という見解に異論はないところであろう。」


第1967話 2019/08/18

古代史と化学の話で盛り上がる

 昨日、「古田史学の会」関西例会が福島区民センターで開催されました。9月はI-siteなんば、10月、11月はアネックスパル法円坂(大阪市教育会館)で開催します。
 今回の例会では『隋書』国伝に関する報告が二件(野田さん、岡下さん)なされました。満田さんは、復元が困難とされている百済史研究について、『日本書紀』百済記事と『三国史記』との比較という方法で挑戦されました。
 わたしが注目したのは、原さん(古代大和史研究会・代表)が紹介された『筑前国那珂郡住吉神社縁起』です。それには、イザナミやイザナギなどが活躍した日向は筑紫(福岡県)のことで、日向国(宮崎県)ではないとする社伝が記されていました。わたしの記憶では『雷山千如寺縁起』にも同様の伝承が記されています。筑前ではそのような伝承が各地の寺社縁起に残されているようです。
 例会には九州大学で物理を研究されていた佐々木さん(古田史学の会・新会員)が初参加されました。懇親会にも参加され、夜遅くまで歓談しました。佐々木さんはケミストということで、古代史の他にも、最近発表された東大の研究グループによるモリブデン触媒とサマリウム薬剤(還元剤)を使用したアンモニアの常温常圧合成法の開発についても意見交換しました。ついにハーバー・ボッシュ法(400℃以上、約300気圧)に替わるアンモニア合成の工業化が可能になるということで、わたしは感激していたのですが、佐々木さんは「遅すぎる。今まで化学者は何をしていたのだ」とのこと。確かに100年もかかっていますから、それだけハーバー・ボッシュ法は素晴らしかったということになりそうです。
 ちなみに、ドイツ人のハーバーとボッシュによるこのアンモニア合成の成功には日本人技術者の貢献がありました。学生時代、こうした化学史の話に胸を躍らせた記憶がよみがえりました。
 今回の例会発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。

〔8月度関西例会の内容〕
①論証による事実(明石市・不二井伸平)
②三国史記と日本書紀の百済関連記事との違いに関する考察(茨木市・満田正賢)
③小戸域民が知る「石井の乱」(大阪市・西井健一郎)
④『隋書』国伝を考える(京都市・岡下英夫)
国と倭国は同一の存在である -千歳氏の論文の紹介-(姫路市・野田利郎)
⑥薬師経受容経緯から法隆寺薬師像後背銘の偽作を論ず(八尾市・服部静尚)
⑦「倭姫命世紀」についてⅢ(東大阪市・萩野秀公)
⑧日向から近畿を目指したのは誰か(奈良市・原 幸子)
⑨「磐井の乱」は虚構だった(川西市・正木 裕)

○事務局長報告(川西市・正木 裕)
《会務報告》
◆新入会員情報(神戸市・函館市・高槻市から入会)。

◆9/16(月・祝) 13:30〜17:00『倭国古伝-姫と英雄と神々の古代史』出版記念東京講演会(文京区民センター・会議室2A。参加費1000円)
 ①講演「筑紫の姫たちと対馬の法師〜九州王朝史復元の方法」(講師:古賀達也)。
 ②パネルディスカッション「徹底討議〜古伝承と九州王朝」(パネラー:正木 裕さん、橘高 修さん、井上 肇さん。司会:服部静尚さん)。

◆10/26(土) 13:30〜15:30 「古田史学の会・八尾」講演会 会場:八尾市文化会館プリズムホール(近鉄八尾駅から徒歩5分)
 ①「九州王朝説とは」②「恩智と玉祖-河内に所領をもらった神様」講師:服部静尚さん。

◆「古田史学の会」関西例会(第三土曜日開催)
 9/21 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば
10/19 10:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
11/16 10:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
12/21 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば

◆8/18 『古代に真実を求めて』編集会議 福島区民センターにて。

◆10/14 久留米大学で『倭国古伝』出版記念講演会を企画中。

◆11/09〜10 「古田武彦記念古代史セミナー2019」の案内。主催:公益財団法人大学セミナーハウス。共催:多元的古代研究会、東京古田会、古田史学の会。

《各講演会・研究会のご案内》
◆「誰も知らなかった古代史」(会場:アネックスパル法円坂。正木 裕さん主宰)
 8/23 18:45〜20:15 「古墳・城等歴史資産を地域活性化に生かす」 講師:正木 裕さん。
 9/27 18:45〜20:15 「中国正史の東夷伝と短里-漢書から梁書まで」講師:谷本 茂さん(古田史学の会・会員)。

◆「古代大和史研究会」講演会(原 幸子代表。会場:奈良県立情報図書館。参加費500円)
 9/03 10:00〜12:00 「失われた古代年号〜聖徳太子の生涯は『九州年号』で記されていた」講師:正木 裕さん。
 10/01 10:00〜12:00 「万葉集①〜白村江の戦い・開戦前夜」講師:正木 裕さん。
 11/05 10:00〜17:00 「万葉集②〜白村江の戦い」講師:正木 裕さん。    ※会場:奈良新聞本社西館(奈良市法華寺町2番地4)

◆「和泉史談会」講演会(辻野安彦会長。会場:和泉市コミュニティーセンター。参加費500円)
 9/10 14:00〜16:00 ①「日本古代史報道の問題とマスコミの体質」講師:茂山憲史さん(古田史学の会・会員)。②「徹底解説-邪馬「台」国九州説(2)」講師:正木裕さん。

◆「市民古代史の会・京都」講演会(事務局:服部静尚さん・久冨直子さん)。毎月第三火曜日(会場:キャンパスプラザ京都。参加費500円)。
9/17 18:45〜20:15 「徹底解説-邪馬「台」国九州説(2)」講師:正木 裕さん。

◆水曜研究会(豊中倶楽部自治会館)
 8/21 13:00〜

◆邪馬壹(やまと)国阿波説の紹介


第1962話 2019/08/13

『古田史学会報』153号のご案内

 『古田史学会報』153号が発行されました。一面には関西例会で発表された谷本さんの論稿が掲載されました。誉田山古墳を応神天皇陵とすることへの批判で、その方法論や史料根拠に疑義を呈されました。古田学派の重鎮らしく、説得力のある論稿でした。

 日野さんは会報初登場です。奈良大学で国史を専攻されているだけあって、その理詰めの推論展開や文章力は流石です。論稿では河内の巨大古墳の造営者をどの勢力とするのかについて、古田学派内の研究動向を踏まえた上で、論点整理をされました。古田学派の将来を担う期待の青年です。

 わたしからは、大阪歴博の考古学者たちの、考古学的出土事実に基づき、『日本書紀』の記事を絶対視しないという研究姿勢を紹介し、「ついに日本の考古学界に〝『日本書紀』の記事を絶対視しない〟と公言する考古学者が現れた」と評価しました。

 153号に掲載された論稿は次の通りです。この他にも優れた投稿がありましたが、次号以降での掲載となりますので、ご了解下さい。また、投稿される方は字数制限(400字詰め原稿用紙15枚程度)に配慮され、テーマを絞り込んだ簡潔な原稿とされるようお願いします。

『古田史学会報』153号の内容
○誉田山古墳の史料批判 神戸市 谷本 茂
○-河内巨大古墳造営者の論点整理-
倭国時代の近畿天皇家の地位を巡って たつの市 日野智貴
○『日本書紀』への挑戦〈大阪歴博編〉 京都市 古賀達也
○「壹」から始める古田史学・十九
「磐井の乱」とは何か(3) 古田史学の会事務局長 正木 裕
○古田史学の会 第25回会員総会の報告
○古田史学の会 2018年度会計報告
○『古代に真実を求めて』バックナンバー 廉価販売のお知らせ
○各種講演会のお知らせ
○『古田史学会報』原稿募集
○古田史学の会・関西 史跡めぐりハイキング
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古代に真実を求めて』第23集 原稿募集
○「古田史学の会」会員募集
○割付担当の穴埋めヨタ話 玉依姫・考 高松市 西村秀己
○編集後記 西村秀己


第1959話 2019/08/08

「古田史学の会」の運動論と進化

 このところ「洛中洛外日記」では理屈っぽいテーマが続きましたので、ここらで息抜きも兼ねて「古田史学の会」の運動論と進化について、個人的感想を披露させていただきます。会員や読者の皆さんのご意見などいただければ幸いです。
 「古田史学の会」は歴史の真実を求めるという学術研究団体という側面と、一元史観が跋扈する日本社会に古田史学を広めていくという社会運動団体という異なる性格を併せ持っています。学問研究が本質的に持つ、確かなエビデンスに基づき、人間の理性に依拠したロジックを展開し、仮説の優劣を検証し、歴史の真実を極めるという方法はこれからも大きく変化することはないと思うのですが、社会運動という側面では時代の変化とともにその組織や運動形態は変わらざるを得ません。
 わたしの本職は化学メーカーでの製品開発とマーケティングなのですが、そこでのマーケティング理論や方法論は「古田史学の会」の運営にも役立つことが多々あります。しかし、社会や科学の進歩がますます速くなり、マーケティング論やその概念は大きく進化しています。とりわけ、近年の〝デジタル化革命〟と呼ばれる社会やビジネスモデルの進化はすさまじいものです。変化を加速させる最も基本的な要素はデジタル化とされ、ピーター・ディアマンディス氏(米国の起業家)によれば、デジタル化の流れは次の「6つのD」で表されるとのことです。

1.デジタル化(Digitalization)
 情報・知識の複製・共有が加速する。
2.潜行(Deception)
 最初は目に見えず、途中から急加速する。
3.破壊(Disruption)
 既存の市場を破壊する。
4.非収益化(Demonetization)
 有料で提供されていたものが無料になる。
5.非物質化(Dematerialization)
 モノが消える。
6.大衆化(Democratization)
 だれでも手に入るようになる。

 これを「古田史学の会」の運動に当てはめれば、次のようになりそうです。

1.デジタル化(Digitalization)
 古代史研究に必要な史料や報告書・論文がネットで閲覧でき、共有化できる。
2.潜行(Deception)
 ネット上では通説の一元史観に代わり、多元史観がじわじわと多数派を占めつつあり、あるときを境に急速に多数派を形成する(それがいつかはまだわかりませんが)。
3.破壊(Disruption)
 既存アカデミーの一元史観が批判にさらされ、学問的影響力を失う。
4.非収益化(Demonetization)
 『古田史学会報』が数年遅れとはいえHPに掲載され、誰でも無料で読める。「古田史学の会」の動向や研究情報もHP上の「洛中洛外日記」やFACEBOOKなどからリアルタイムで無償で得られる。
5.非物質化(Dematerialization)
 会誌や書籍がデジタル化され、スマホやパソコンに収納される。例会活動がソーシャルネットワーク上で行われる(バーチャル例会)。
6.大衆化(Democratization)
 上記変化の集大成の結果、古代史研究の参入障壁が更に低くなり、アマチュア研究者がプロの学者と対等に渡り合う。

 このように「古田史学の会」はデジタル化の波に乗り、「6つのD」を具現化しつつあります。


第1950話 2019/07/27

『古田史学会報』

  採用審査の困難さと対策(5)

 投稿論文審査で困難な作業に、異分野や一元史観での既存研究の確認があります。古田史学関係の研究であれば、これまでの経験により、何とか新規性の確認はできるのですが、一元史観の最先端研究動向の把握はとても困難です。プロの学者なら同業者の研究動向の調査は仕事の一環として日常的にできるでしょう。わたしの場合も本業の化学分野における調査などは勤務時間中に仕事として行えますし、特許担当部署からは定期的に関連特許の最新リストが提供されてもきます。しかし、一元史観の古代史論文・著書や各大学・研究機関が発行する紀要などはその一部にたまに図書館で目を通すくらいで、『古田史学会報』の論文審査のためにそれらを毎日のように読むと言うことは時間的に不可能です。

 しかし、投稿原稿に一元史観の学説との対比などが記されている場合は、その一元史観の論文が最新学説なのか、最有力学説かなどはわたしには判断できません。一元史観での古い研究が、同じ一元史観の新研究により既に否定されているケースもありますので、投稿論文中に引用され、それを批判していても、その批判に新規性があるのかどうかの調査は必要となります。そのため、わたしが勉強していない分野や、一元史観の最新研究動向が不明な場合は、その分野に詳しい会員や知人に教えていただくこともあります。このような課題も残されていますので、将来的には大学で国史(一元史観)を専攻した古田学派の若者に『古田史学会報』編集部に加わっていただきたいと願っています。(つづく)


第1949話 2019/07/27

『古田史学会報』採用審査の困難さと対策(4)

 1931話で触れた「選択発明」について少し説明しておきます。その定義は次のようなものです。わたしの専門の化学関連文献から引用紹介します。特許法に詳しくない方にはちょっと難解かもしれませんが、読み飛ばしていただいてもかまいません。

【選択発明の解説】
 選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部の発明を特定するための事項として仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいいます。(中略)
 請求項に係わる発明の引用発明と比較した効果が以下の(ⅰ)から(ⅲ)までの全てを満たす場合は、審査官は、その選択発明が進歩性を有しているものと判断します。
 (ⅰ)その効果が刊行物等に記載又は掲載されていない有利なものであること。
 (ⅱ)その効果が刊行物等において上位概念又は選択肢で表現された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際立って優れたものであること。
 (ⅲ)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。(後略)
 ※出典:福島芳隆「特許庁・審査官」『近畿化学工業界』(2019.07)

 特許の専門用語を用いた説明ですので、わかりやすいようにわたしの過去の論稿を用いて具体的に解説します。
 「洛中洛外日記」1923話〜1928話で連載した「法円坂巨大倉庫群の論理」で、わたしは南秀雄さん(大阪市文化財協会・事務局長)による「日本列島における五〜七世紀の都市化 -大阪上町台地・博多湾岸・奈良盆地」の講演内容を紹介し、その中の重要な4点に着目し、それらがわたしの前期難波宮九州王朝複都説を結果として支持していると指摘しました。その論稿においてわたしが提示した論理構造は次のようなものでした。

(a) 上町台地北端に古墳時代で日本最大の法円坂倉庫群が造営される。他地域の倉庫群(屯倉)とはレベルが異なる卓越した規模である。
(b) 古墳時代の上町台地北端と比恵・那珂遺跡は、内政・外交・開発・兵站拠点などの諸機能を配した内部構造がよく似ており、その国家レベルの体制整備は同じ考えの設計者によるかの如くである。
(c) 法円坂倉庫群はその規模から王権の倉庫と考えられるが、それに相応しい王権の中枢遺跡は奈良にはなく、大阪城の地にあった可能性がある(確認はされていない)。
(d) 上町台地北端部からは筑紫の須恵器が出土しており、両者の交流や関係を裏付ける。
(e) 652年には国内最大規模の前期難波宮が造営され、難波京へと発展する。この七世紀中頃は全国に評制が施行された時代で、「難波朝廷、天下立評」と史料(『皇太神宮儀式帳』)にあるように前期難波宮にいた権力者によるものである。
(f) 九州王朝説に立つならばこの権力者は九州王朝(倭国)と考えざるを得ない。
(g) 以上の考古学的事実とそれに基づく論理展開は、前期難波宮九州王朝複都説を支持する。

 上記の内、(a)〜(d)の部分は南さんの講演要旨で、既知の考古学的事実やそれに基づく解釈であり、新規性はありません。また、(e)は文献史学に基づく前期難波宮に対する通説の解釈であり、これも新規性はありません。(f)が九州王朝説に基づく前期難波宮に対するわたしの解釈で、この部分でようやく新規性が発生します。そして(g)の結論へと続きます。この(f)と(g)が選択発明に必要とされる「効果」に相当します。その「効果」は(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)の用件全てを満たしており、その結果、「その選択発明が進歩性を有しているものと判断」されることになります。すなわち、この「選択発明」には「引用発明と比較した効果」が認められるのです。
 この「引用発明」とは一元史観による考古学的事実への解釈のことであり、それに比べて多元史観・九州王朝説による解釈には新規性があり、際立った仮説であり、一元史観からは予測できない仮説であると認められるのです。なお、この新解釈(前期難波宮九州王朝複都説)が正しいか否かは、新規性・進歩性の有無の判断とは一応別です。『古田史学会報』の投稿採否審査でも同様で、その仮説の新規性と進歩性をまず審査しますが、この段階では仮説や結論の是非、ましてや審査する編集部員の見解と一致しているか否かは全く審査基準とはされません。(つづく)