2021年02月03日一覧

第2367話 2021/02/03

『史記』天官書、「中宮」か「中官」か(1)

  『古田史学会報』投稿原稿の採否審査は、採用・不採用にかかわらず、ほとんどの場合、編集部の意見は一致します。ごくまれに意見が分かれたり、悩む場合があります。この度、面白いテーマへと発展した投稿審査事案がありましたので、紹介することにします。
 ある方の投稿原稿中に司馬遷の『史記』天官書からの引用が有り、その当否について編集担当の西村秀己さん(古田史学の会・全国世話人、高松市)からお電話がありました。投稿論文自体は内容が優れていたので、採用することに編集部内で異議は出なかったのですが、論文に引用された『史記』天官書に見える「中宮」という用語について、本当に正しいのか調査してほしいとのことでした。西村さんがお持ちの『史記』には「中官」とあって、「中宮」ではないとのこと。また、天官書という書名やその文脈からも「中官」でなければならないとのことでした。中国古典に詳しい西村さんからの疑義でしたので、わたしは調査を約束しました。
 まず手持ちの平凡社版『史記 上』(注)を調べると、「中官」となっており、「中宮」ではありません。そして、同書「注」には次の説明がありました。

 「中官 天官書では以下、天を中官・東官・西官・南官・北官の五官に分けて星座、また恒星について記す。中官は晋書以後は紫宮、紫微垣と称する部分で、現在では大熊・小熊・竜・ケフェウス・カシオペア・きりんなどのある処である。」同書、263頁

 天官書の終わりの方にも、これら五つの星座・恒星群を「五官」と記しており、「官」が使われています。次の通りです。

 「紫宮・房・心・権・衡・咸池・虚・危の星座は天の五官が位置する処である。正しく並んで移動することはなく、星の大小、また相互の距離も変わらぬのである。」同書、262頁

 そして、この「五官」にも次の「注」がありました。

 「五官 紫宮=中官。房・心=東官。権・衡=南官。咸池=西官。虚危=北官。」同書、266頁

 また、題名からして「天官書」ですから、西村さんが言うように文脈や意味の上から考えても「中官」が妥当で有り、「中宮」では論理整合性(理屈)が通りません。
 他方、web上で『史記』天官書を検索すると、いずれも「中宮」「東宮」「西宮」「南宮」「北宮」となっており、平凡社版『史記』とは異なっていました。ただし、「五官」部分は「官」であり、「五宮」とはなっていません。こうした不思議な史料状況を知り、『史記』の版本や写本間に異同があるのではないかと考え、このことを西村さんに報告し、引き続き図書館で版本調査を行い、再度、報告することにしました。(つづく)

(注)野口定男訳『中国古典文学大系 史記』全三巻。平凡社、1968~1971年。