古田史学の会一覧

第628話 2013/12/03

幻の古谷論文

 『古代に真実を求めて』16集(明石書店刊、「古田史学の会」編)をようやく発行することができました。会員の皆様や執筆者には大変ご迷惑をおかけし、お詫び申しあげます。16集は「古田史学の会」2012年度賛助会員へは特典として送付します。2013年度賛助会員へは次号17集を進呈予定です。
 16集の掲載稿は下記の通りですが、奇しくも日・中の二つの金石文に関する「特集」となりました。それは「百済祢軍墓誌」と「大歳庚寅」象嵌鉄刀(福岡 市元岡古墳出土)です。いずれも九州王朝説に基づく論文で、他に見られない、「古田史学の会」らしい「特集」です。
 ところが採用が決まっていたにもかかわらず、掲載できなかった「幻の論文」がありました。17集から水野さんに代わって編集責任者となった古谷弘美さん (古田史学の会・全国世話人、枚方市)の論稿で、『古事記』真福寺本の字体を調査研究されたものです。
 従来は「天沼矛(あまのぬぼこ)」とされてきた文字が、真福寺本では「天沼弟(あまのぬおと)」であると古田先生が指摘され、「ぬ」は銅鐸、「おと」は 音を意味し、「ぬおと」とは「銅鐸の音」のことであるとする仮説を発表されました。ところが、古谷さんは『古事記』真福寺本では「天沼弟(あまのぬおと)」でもなく、「天治弟(あまのちおと)」であることを写真版の調査により明らかにされたのです。
 従来の書誌学研究では『古事記』真福寺本は誤字が多いとされ、「天沼弟」の「弟」は「矛」の誤字とされてきました。古谷論文により、「沼」ではなく 「治」であることが明らかになったことにより、従来説・古田説を含めて新たな研究の進展が期待されるだけに、掲載できなかったことは残念です。ちなみに、 その理由は『古事記』真福寺本の写真転載料が超高額のため、「古田史学の会」や出版社で負担できなかったことによります。学問研究のための転載は安価にしていただきたいものです。このまま埋もれさせるには惜しい論文ですので、何とか工夫して掲載したいと願っています。

『古代に真実を求めて』16集の目次

○巻頭言 会員論集・第十六集発刊にあたって  水野孝夫

○1 特別掲載
 最近の話題から  古田武彦
 真実の学問とは — 邪馬壱国と九州王朝論  古田武彦
 「和田家文書」の安日彦、長髄彦 — 秋田孝季は何故叙述を間違えたか  安彦克己

○2 研究論文
 続・越智国にあった「紫宸殿」地名の考察  合田洋一
 福岡市元岡古墳出土太刀の銘文について  正木裕
 「大歳庚寅」象嵌鉄刀銘の考察  古賀達也
 「百済祢軍墓誌」について — 「劉徳高」らの来倭との関連において  阿部周一
 百済祢軍墓誌の考察  古賀達也
 百済祢軍墓誌についての解説ないし体験  水野孝夫
 筑紫なる「伊勢」と「山邊乃五十師乃原」  正木裕
 「国県制」と「六十六国分国」 — 「常陸風土記」に現れた「行政制度」の変遷との関連において  阿部周一
 「阿麻来服(「新羅本紀」記事)から解く「日本国」誕生  西井健一郎

○3 付録--会則/原稿募集要項/他
 古田史学の会・会則
 「古田史学の会」全国世話人・地域の会 名簿
 第十七集投稿募集要項/古田史学の会 会員募集
 編集後記


第622話 2013/11/19

「学問は実証よりも論証を重んじる」(1)

 今朝は特急サンダーバード5号で福井に向かっています。JR湖西線から見える、朝日で金色に輝く琵琶湖と全山紅葉した比良山系が絶景です。連日のハードなビジネスや出張の合間に、こうした景色に出会え、心が癒されます。本当に日本は美しい国だと思います。子孫にしっかりと残したいものです。

 今月の関西例会で、水野代表から古田先生の八王子セミナーの概要について報告がなされました。ただ、水野さんはセミナーに参加されていませんから、「古田史学の会」会員の肥沼孝治さん(所沢市)のブログに掲載されていた箇条書きの発表項目を紹介されたのですが、その中に「実証よりも論証が重要」という箇所があり、これはどういう意味だろうかと疑問を呈されました。実はこのことは古田史学において大変重要なことで、以前か ら不二井伸平さん(古田史学の会・総務)らと話し合ってきたテーマでもありました。
 この言葉は古田先生の東北大学時代の恩師である村岡典嗣先生の言葉で、「学問は実証よりも論証を重んじる」からきています。わたしは若い頃、古田先生から何度もこの言葉をお聞きしました。いわば、古田史学の神髄であり、フィロロギーという学問の基本的性格を表した重要な言葉だと理解しています。
 ところが、残念ながらこの言葉の意味をわたし自身もなかなか理解できず、それこそ十年以上かけてようやく見えてきたというのが実感でした。古田学派の研究者でも、この言葉の意味を真に理解している人は少ないのではないかと、不二井さんと何度も話し合ってきたのでした。そこで、例会での水野さんの発言を受けて、ちょうど良い機会でもあり、わたしから次のように説明しました。(つづく)


第621話 2013/11/15

原発危機と「東大話法」

 先日、「古田史学の会」の会誌『古代に真実を求めて』を発行していただいている明石書店を訪問し、石井社長にご挨拶してきました。そのおり、同社より刊行された安冨歩著『原発危機と「東大話法」』をいただきました。同書は古田先生からも推薦していただいており、注目していた一冊でした。非倫理的で非学問的な「東大話法」に対して、現役東大教授が批判するという刺激的な内容ですが、 今回読んで、その「東大話法」に対する批判以上に現代日本に対する思想史的考察や物理学(熱力学第二法則)に基づいた現代文明批判は圧巻でした。是非、皆さんにも読んでいただきたい本です。
 さて、本日の関西例会は多種多彩な報告が続き、とても充実した一日となりました。たとえば野田さんからは、『三国志』の「歩」の全用例を抜き出し、それ が「短歩」なのか「長歩」なのかの考察が報告されましたが、時間不足のため質疑応答時間がとれず残念でした。
 出野さんからは中国雲南省のアカ族(倭族)の現地調査報告がプロジェクターを使用してなされ、日本の風習や文物との類似が大変よく理解できました。このように関西例会は近年ますます充実し、とても勉強になります。11月例会の発表テーマは次の通りでした。

〔11月度関西例会の内容〕
1). 「與」の用法(明石市・不二井伸平)
2). 武寧王の手白香皇女(木津川市・竹村順弘)
3). 日本書紀遣隋使記事は12年ずれでよいか?(八尾市・服部静尚)
4). 『三国志』の尺(姫路市・野田利郎)
5). 渡来人について(多摩市・齋藤政利)
6). 『三国志』の歩(姫路市・野田利郎)
7). 天武十年記事の信頼性(川西市・正木裕)
8). すり替えられた九州王朝の南方諸島支配の概要(川西市・正木裕)
9). 「西双版納(シーサンパンナ)」倭人の源流を訪ねて(奈良市・出野正)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
 古田先生近況・会務報告・八王子セミナーの概要(肥沼氏ブログより要約)・『古代に真実を求めて』16集、11月末刊予定・静御前の故郷、大和高田ハイ キング「八百屋お七」の墓・永井一郎著『大和路の(俳人)芭蕉』・「新東方史学会」役職人事・その他


第612話 2013/10/19

薩摩半島の高良一族

 本日の関西例会では、中国曲阜市在住の会員青木さんの研究論文を竹村さんが代読されたり、武雄市の会員古川さんらの調査報告を正木さんが紹介されるなど、ちょっとかわった試みがなされました。関西例会に参加しにくい遠方の会員の研究などが代理報告されることにより、多くの知見や研究成果が共有でき、よい取り組みだと思います。
 特に古川さんの調査は、薩摩半島(南九州市など)に「高良神社」(御祭神は玉垂命・他)が分布しており、宮司は高良一族ということで、久留米市の高良大社の研究を永く続けてきたわたしも知らなかったことでした。薩摩の「高良神社」の創建は和銅年間にまで遡るとのことで、ちょうど九州王朝滅亡の時期でもあり、とても興味深い伝承です。「古田史学の会」でも現地調査を行おうと正木さんから提案がありました。是非、実現させたいものです。
 10月例会の発表テーマは次の通りでした。

〔10月度関西例会の内容〕
1). 続7世紀の日本の記述の問題(中国曲阜市・青木英利、代読:竹村順弘)
2). 縄文海進と倭人渡来(木津川市・竹村順弘)
3). 駆逐される東夷(木津川市・竹村順弘)
4). 高句麗と倭人(木津川市・竹村順弘)
5). 『日本書紀』持統紀に見える「蝦夷男女二百一十三人」について(明石市・不二井伸平)
6). 日本書紀に遣隋使はなかった(八尾市・服部静尚)
7). 古川清久氏らによる南九州市河辺町の「高良一族」調査(川西市・正木裕)
8). 図と写真に見る瓊瓊杵降臨地と室見川の銘板の「臨地性」について(川西市・正木裕)
9). 「倭人」と「盟」についての若干の資料紹介(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
 古田先生近況・会務報告・岩永芳明さんから「腰岳の黒曜石」寄贈・古田武彦研究自伝『真実に悔いなし』発刊・『古代に真実を求めて』16集再校中・持統崩御の34年遡り説・その他


第609話 2013/10/16

『古田史学会報』118号の紹介

 『古田史学会報』118号が発行されましたのでご案内します。今回も古田先生から原稿をいただきました。117号掲載の西村稿への批判ですが、古田先生の学問の方法についての解説なども記されています。
 正木稿は倭人伝里程記事が実地踏査によるとして、精緻な検証がなされ、古田説の正しさを再確認されています。阿部稿では関西例会でも度々話題となってい る「廣瀬」「龍田」が仏教儀式に関係したものとする新解釈が提示されています。なかなか面白い仮説です。服部稿は関西例会で発表された仮説で、史料に見える「荒」に注目された好論です。西村稿は、近畿天皇家の初期の天皇は師木県主だったとするものです。不二井さんからは書評が寄せられ、その著者は古田ファンとのこと。いずれも優れた論稿で、好論満載の会報となりました。

〔『古田史学会報』118号の内容〕
○古田史学の真実 — 西村論稿批判  古田武彦
○「実地踏査」であることを踏まえた『倭人伝』の行程について  川西市 正木 裕
○「廣瀬」「龍田」記事について
  — 「灌仏会」、「盂蘭盆会」との関係において  札幌市 阿部周一
○難波と近江の出土土器の考察  京都市 古賀達也
○荒振神・荒神・荒についての一考察  八尾市 服部静尚
○書評『朱鳥翔けよ』高松康  明石市 不二井伸平
○「欠史八代」の実相  高松市 西村秀己
○『古田史学会報』原稿募集
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会 関西例会のご案内
○新東方史学会(H19~25)会計報告
○『古代に真実を求めて』第16集発行予定の報告と第17集の原稿募集
○編集後記


第599話 2013/09/22

『伊予三島縁起』にあった「大長」年号

 本日の関西例会では、古田説に基づき『「倭」と「倭人」について』を発表された張莉さんのご夫君(出野さん)を始め初参加の方もあり、盛況でした。わたしにとっての今日の例会で最大の収穫は、多摩市から参加されている齊藤政利さんにいただいた内閣文庫本『伊予三島縁起』の写真でした。九州年号史料として有名な『伊予三島縁起』原本(写本)を以前から見たい見たいと私が言っているの を齊藤さんはご存じで、わざわざ内閣文庫に赴き、『伊予三島縁起』写本二冊を写真撮影して例会に持参されたのでした。
 まだそのすべてを丁寧に見たわけではありませんが、一番注目していた部分をまず確認しました。それは「天長九年壬子」の部分です。五来重編『修験道資料集』掲載の『伊予三島縁起』には「天武天王御宇天長九年壬子」と記されており、この部分は本来「文武天皇御宇大長九年壬子」ではないかと、わたしは考え、 701年以後の九州年号「大長」の史料根拠の一つとしていました(『「九州年号」の研究』所収「最後の九州年号」をご参照下さい)。
 齊藤さんからいただいた内閣文庫の写本を確認したところ、『伊豫三島明神縁起 鏡作大明神縁起 宇都宮明神類書』(番号 和42287)には「天武天王御宇天長九年壬子」とあり、『修験道資料集』掲載の『伊予三島縁起』と同じでした。ところが、もう一つの写本『伊予三島縁起』(番号 和34769)には 「天武天王御宇大長九年壬子」とあり、「天長」ではなく九州年号の「大長」と記されていたのです。わたしが推定していたように、やはり「天長九年」は「大長九年」を不審とした書写者による改訂表記だったのです。
 「大長九年壬子」とは最後の九州年号の最終年である712年に相当します。近畿天皇家の元明天皇和銅五年に相当します。なお、「天長九年壬子」という年号もあり、淳和天皇の時代で832年に相当します。『伊予三島縁起』書写者がなぜ「天武天王御宇」と記したのかは不明ですが、九州年号「大長」が 704~712年の9年間実在したことの史料根拠がまた一つ明確となったのです。内閣文庫写本の詳細の報告は後日行いたいと思います。齊藤さんに心より感謝申し上げます。
 9月例会の報告は次の通りでした。古田史学の会・東海の竹内会長が久しぶりに出席され、報告していただきました。

〔9月度関西例会の内容〕
1). 日名照額田毘道男伊許知邇の考察(大阪市・西井健一郎)
2). 記紀の原資料と二倍年暦の形(八尾市・服部静尚)
3). 九州年号から考えた聖徳太子の伝記の系統(京都市・岡下英男)
4). 倭王武は武烈でありヒト大王だった(木津川市・竹村順弘)
5). 倭王武の時代の版図(木津川市・竹村順弘)
6). 邪馬壱国の南進(木津川市・竹村順弘)
7). ワニ氏の北方系海人族としての歴史的考察(知多郡阿久比町・竹内強)
8). 鬯草を献じたのは「東夷の倭人」か「南越の倭人」か(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
 古田先生近況・会務報告・『古代に真実を求めて』16集初校・ミネルヴァ書房からの古田書籍続刊・張莉さんと古田先生の仲介・古田先生自伝刊行記念講演会の報告・古田先生八王子セミナーの案内・浄瑠璃「妹背婦女庭訓」の説明・『大神宮諸雑事記』の紹介・その他


第583話 2013/08/18

『古田史学会報』117号の紹介

 『古田史学会報』117号が発行されました。今回も古田先生から原稿をいただきました。古谷さんからも前号に続いて中国周代史書に見える「短里」 の発見報告がなされました。古田史学の会・四国の白石さんからは、同会による壱岐・糸島の遺跡巡りツアーの報告かがなされました。掲載稿は次の通りです。

〔『古田史学会報』117号の内容〕
○「いじめ」の法則 — 続、「古田史学」の理論的考察-  古田武彦
○古田武彦講演会「真実の歴史を求めて — 私の歩んで来た道、歩み行く道」の案内
○前期難波宮、九州王朝副都説批判
 「史料根拠と考古学」について  豊中市 大下隆司
○古田先生にお応えする。  高松市 西村秀己
○古代ロマン邪馬壱国への道
  — 魏志倭人伝の一大国と伊都國を訪ねて  今治市 白石恭子
○古田史学の会 第十九回定期会員総会の報告
○「墨子」と「呂氏春秋」における里数値の検討  枚方市 古谷弘美
○「古田史学コーナー」がオープン
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会 関西例会のご案内
○編集後記


第582話 2013/08/17

西井さんの「歴史記事スクラップ」

 「古田史学の会」関西例会では様々な研究発表を聞けたり、質疑応答など本当に刺激的で素晴らしい勉強会です。終了後の懇親会も楽しみですが、わた しが楽しみにしているものがもう一つあります。それは懇親会などを担当していただいている西井健一郎さん(古田史学の会・全国世話人)が毎回配布されてい る古代史や歴史関連の新聞記事を切り抜いて編集されている「歴史記事スクラップ」(A3、4ページ)です。仕事が忙しくて、日頃は新聞の隅々まで読むこと がないわたしにとって、この西井さんが作成されたスクラップ記事のコピーは大変貴重な情報源となっています。こうした史料を毎月多数入手できる関西例会に みなさんも是非お越し下さい。会費は500円です。
 8月例会の発表は次の通りでした。服部さんの「荒神」に関する報告や、正木さんの発表に対する質疑応答時に、竹村順弘さん(古田史学の会・全国世話人、関西例会担当)から指摘された天智天皇の年号「中元」など、驚きの内容でした。
 なお、9月例会は9月22日(日)で、通常の第三土曜日ではありません。ご注意下さい。

〔8月度関西例会の内容〕
1). 張莉論文を読んで(木津川市・竹村順弘)
2). 多利思北弧の国交断絶(木津川市・竹村順弘)
3). 古代天皇の父子継承について(八尾市・服部静尚)
4). 荒振神・荒神・荒についての一考察(八尾市・服部静尚)
5). 薩夜麻の都督・倭国王即位と近江朝の日本国改名(試案)(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
 古田先生近況・会務報告・ミネルヴァ書房からの古田書籍続刊・張莉さん論文『「倭」と「倭人」について』・古田先生八王子セミナーの案内・古田先生『研究自伝』記念講演会・浄瑠璃「妹背山婦女庭訓」・『先代旧事本紀大成経』の国生み神話の小豆島・その他


第572話 2013/07/21

九州王朝の采女制度

 今日は参議院議員選挙の投票日です。わたしは朝に投票を済ませました。投票所の京極小学校は湯川秀樹さんの出身校で、娘 の母校でもあります。投票所では著名な狂言師の茂山千五郎さんを久しぶりにお見かけしました。茂山さんのご自宅屋上にはいつも阪神タイガースの旗が掲げら れており、ご近所でも有名です。
 なお、今回の投票では、わたしは原発問題を主な判断基準にして政党や候補者を選びました。この選挙を通じて、よりよい日本になればと願うばかりです。
 昨日の関西例会には、高松市在住の会員、寺崎さんが初参加されました。また、遠くは多摩市から参加されている齋藤さんからは、「采女」について研究報告 がなされました。近畿天皇家の采女制度は、九州王朝で先行して行われていたとする仮説です。わたしの記憶では、「采女」については古田学派内でもほとんど 研究されてこなかったテーマではないかと思います。これからの展開が期待されます。7月例会の発表は次の通りでした。

〔7月度関西例会の内容〕
1). 「安帝の鎖」高句麗好太王vs倭王讃(木津川市・竹村順弘)
2). 貴倭国と邪馬たい国(木津川市・竹村順弘)
3). 古代日本の実名敬避俗について(八尾市・服部静尚)
4). 巨大古墳についての一考察(八尾市・服部静尚)
5). 「別」の探求-天孫降臨以前の九州-(姫路市・野田利郎)
6). 采女について(多摩市・齋藤政利)
7). 『粘土に書かれた歴史』を読んで(京都市・岡下秀男)
8). 「常色律令」-『書紀』天武紀の「位冠・律令・法式・礼儀」記事について-(川西市・正木裕)
9). 倭人伝を尊重した末廬国・伊都国・奴国・不彌国の比定(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
 古田先生近況・会務報告・ミネルヴァ書房からの古田書籍発刊・八王子セミナーの案内・行基建立の四十九院・文字より数字が先に発明された・『先代旧事本紀大成経』の国生み神話の小豆島・その他


第568話 2013/06/29

「i-siteなんば」で古田武彦トークセッション済み

 本日、大阪府立大学なんばキャンパス「i-siteなんば」で 古田先生のトークセッションを開催しました。ライブラリーの古田武彦著作コーナーを見ていただいた後、別室で著作にかかわる思い出などを二時間にわたり、 お話ししていただきました。メールやホームページだけでの案内でしたが、遠くは神奈川県や三重県から来られた方もありました。終了後も近くのレストランで 1時間以上にわたり質問に答えていただきました。
 古田先生の送迎で、竹村順弘さん(古田史学の会・全国世話人)の自家用車で向日市のご自宅から会場まで往復したのですが、車中でもお話を聞かせていただき、良い機会を得ることができました。
 また、「i-siteなんば」の古田武彦コーナーの蔵書リストが正木裕さんにより作成されましたので、当ホームページでも紹介するはこびです。同コーナーが古田ファンに末永くご利用いただけることを期待しています。


第565話 2013/06/21

第565話 2013/06/21

「i-siteなんば」に古田先生をご案内します済み

 6月16日に「i-siteなんば」で「古田史学の会」会員総会を開催しました。総会に先立って、竹村順弘さんと正木裕さんによる記念講演が行わ れました。両氏ともプロジェクターでスクリーンに映し出された画像を駆使した、わかりやくインパクトのある講演でした。古代史の講演もIT機器を使用する 時代となったものです。講演テーマは次の通りでした。

○竹村順弘さん 古田武彦著作集で綴る史蹟百選・九州編
○正木 裕さん 周王朝から邪馬壱国、そして現代へ・・倭人伝の官職名と青銅器・・

 午前中は古田史学の会・全国世話人会を開催しました。北海道からは今井俊圀さん、四国からは合田洋一さんに遠路はるぱるお越しいただきました。 「古田史学の会・東海」は当日同会の総会が重なったため、今回は残念ながら欠席されました。昼食は「i-siteなんば」3階ライブラリーにある「古田武 彦書籍コーナー」の前でとりました。このコーナーには古田先生の著書がほとんど集蔵されており、今後の古田史学研究の拠点として有意義に活用されることで しょう。
 正木裕さんの発案で、古田先生を「i-siteなんば」にお連れして、「古田武彦書籍コーナー」をご案内することとなりました。日時は6月29日(土) の午後で、2時頃からは古田先生を囲んで、著書の思い出などを語っていただけることになりました。ご都合のつかれる方は、是非ご参加ください。


第564話 2013/06/12

『古田史学会報』116号の紹介

 今日は金沢駅前のホテルに宿泊しています。明日は名古屋に向かいます。仕事柄、出張が多いので、出張先のご当地の歴史や旧跡に触れたいのですが、なかなかそうした余裕はありません。
 『古田史学会報』116号が発行されました。今回も古田先生から原稿をいただきました。古谷さんからは中国史書に見える「短里」の発見報告がなされました。その後も周代の史書からの「短里」発見の投稿が続いています。順次、掲載したいと思います。掲載稿は次の通りです。

〔『古田史学会報』116号の内容〕
○「古田史学」の理論的考察  古田武彦
「古田史学」の論理的考察を改訂。「学問論」の理論的考察(東京古田会NEWS No.150 May2013)と『言素論』の理論的考察(TAGEN No.115 May 2013 多元的古代研究会)の二稿とワン・セットです。(2013.6.26訂正)

○「消息往来」の伝承  京都市 岡下英男
○白雉改元の宮殿 — 「賀正礼」の史料批判 京都市 古賀達也
○「放生会」は九州王朝の儀式 — それは利歌彌多弗利の創設だった 川西市 正木裕
○「元興寺」と「法隆寺」(2)「勅願寺」としての性格の同一性と「斑鳩寺」の存在と関係  札幌市 阿部周一
○『文選』王仲宜の従軍詩 『三国志』蜀志における里数値について  枚方市 古谷弘美
○会報原稿募集
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会 関西例会のご案内
○古田史学の会・会員総会と記念講演会の案内
○編集後記