『維摩詰経巻下』の「浄土寺蔵経」印(1)
先日、「東京古田会」の月例会にリモート参加させていただきました。安彦克己さん(同会副会長)の発表では『法華義疏』(皇室御物)の紹介があり、そこに九州王朝の「大委国上宮王」の署名があることなどの説明がなされました。それに関連して、九州年号「定居元年」(611年)が記されている北京大学図書館蔵『維摩詰経巻下』の存在を、わたしから質疑応答のときに紹介しました。同『維摩詰経巻下』末尾には本文とは異筆で次の二行が記されています。
「始興中慧師聡信奉震旦善本観勤深就篤敬三宝」
「経蔵法興寺 定居元年歳在辛未上宮厩戸寫」
従来の研究(注①)では、この「定居元年歳在辛未上宮厩戸寫」は、後から追記した偽作とされているようですが、「上宮厩戸」(聖徳太子)による写本とするための偽作であれば、九州年号「定居元年」を用いたり、聖徳太子と縁が深い「法隆寺」ではなく、「経蔵法興寺」と追記するとは考えにくく、むしろ『法華義疏』同様に九州王朝内で成立した文書か、その写本ではないかとする見解をわたしは発表したことがあります(注②)。
また、谷本茂さん(古田史学の会・会員、神戸市)も「古田史学の会」関西例会でこの『維摩詰経巻下』について発表され、偽作ではないとされました(注③)。発表資料として同下巻末尾のコピーが配られ、そこに「浄土寺蔵経」という蔵書印が押されていることを知りました。谷本さんはこの「浄土寺」を奈良県の法興寺と位置的に近い浄土寺(山田寺、桜井市)ではないかとされました。(つづく)
(注)
①韓昇「聖徳太子写経真偽考」『東と西の文化交流(関西大学東西学術研究所創立50周年記念国際シンポジウム’01報告書)』関西大学出版部、2004年。
②次の「洛中洛外日記」で発表した。
465話(2012/09/10)〝中国にあった聖徳太子書写『維摩経疏』〟
466話(2012/09/12)〝二説ある聖徳太子生没年〟
468話(2012/09/17)〝「三経義疏」の比較〟
469話(2012/09/21)〝法興寺と法隆寺〟
471話(2012/09/23)〝韓昇「聖徳太子写経真偽考」を拝読〟
476話(2012/10/01)〝「三経義疏」国内撰述説〟
477話(2012/10/02)〝「三経義疏」九州王朝撰述説〟
480話(2012/10/09)〝「始興」は「始哭」の誤写か〟
482話(2012/10/14)〝中国にあった「始興」年号〟
953話(2015/05/16)〝北京大学図書館蔵「九州年号史料」の報告〟
③谷本茂「北京大学図書館蔵敦煌文献「定居元年歳在辛未上宮厩戸寫」『唯摩結經巻下』の史料批判」古田史学の会・関西例会、2015年5月。