考古学における先験的な都市の指標 (2)
G・V・チャイルド(注①)が提唱した「古代都市」の指標(必要条件)とは次の10基準です(Vere Gordon Childe、The Urban Revolution. The Town Planning Review 21、1950)。
(1)大規模集落と人口集住
(2)第一次産業以外の職能者(専業の工人・運送人・商人・役人・神官など)
(3)生産余剰の物納
(4)社会余剰の集中する神殿などのモニュメント
(5)知的労働に専従する支配階級
(6)文字記録システム
(7)暦や算術・幾何学・天文学
(8)芸術的表現
(9)奢侈品や原材料の長距離交易への依存
(10)支配階級に扶養された専業工人
この10基準は西アジアの初期「古代都市」の指標(必要条件)ですから、弥生時代や古墳時代以降の日本列島の都市の指標としてはそのまま採用しにくいため、考古学者からは新たな指標が提案されています。南秀雄さんの「上町台地の都市化と繁多湾岸の比較 ―ミヤケとの関連」(注②)には、次の例が紹介されています。
○M.E.スミス氏による初期都市・初期国家形成における根本的プロセス・最重要基準(注③)。〔番号はチャイルドの基準提示純〕
(1)規模と人口密度
(2)恒常的専業者の存在
(3)税の収奪
(5)支配階級の形成
(10)血縁より地縁に基礎をおく国家組織
○エジプト考古学者 M.ビータク氏の9項目。
(1)高密度の住居(1ha当たり5人以上、人口2000人以上)
(2)コンパクトな居住形態
(3)非農業共同体
(4)労働・職業の分化と社会的階層性
(5)住み分け
(6)行政・裁判・交易・交通の地域的中心
(7)物資・技術の集中
(8)宗教上の中心
(9)避難・防御の中心
このように考古学分野では「世界的標準」を学問の方法に採用したり、配慮しながら研究や自説の構築を進めています(注④)。こうした姿勢を古田学派でも自説の構築・検証に取り入れるべきではないでしょうか。
わたしが提起した〝7世紀における律令制都城の絶対5条件〟とは、九州王朝(倭国)による律令制(評制)統治に不可欠な条件を、史料(エビデンス)が豊富な8世紀の大和朝廷(日本国)における律令制統治の実態から抽出したものです。そして、それら5条件はそれぞれ独立しているが、〝系〟として互いに必要不可欠な条件として連結していることを重視しました。
【律令制王都の絶対5条件】
《条件1》約八千人の中央官僚が執務できる官衙遺構の存在。
《条件2》それら官僚と家族、従者、商工業者、首都防衛の兵士ら計数万人が居住できる巨大条坊都市の存在。
《条件3》巨大条坊都市への食料・消費財の供給を可能とする生産地や遺構の存在。
《条件4》王都への大量の物資運搬(物流)を可能とする官道(山道・海道)の存在。
《条件5》関や羅城などの王都防衛施設や地勢的有利性の存在。
この10年、古田学派内で続いてきた、7世紀での九州王朝(倭国)の王都王宮の所在地論争を収斂させるための問題提起でもありますので、特に前期難波宮の九州王朝王宮(複都の一つ)説に反対する九州王朝説論者の真正面からの批判・批評を願っています。
(注)
①G・V・チャイルドについて、ウィキペディアの解説を転載する。
ヴィア・ゴードン・チャイルド(Vere Gordon Childe、1892年4月14日~1957年10月19日)は、オーストラリア生まれの考古学者・文献学者。ヨーロッパ先史時代の研究を専門とし、新石器革命(食料生産革命)、都市革命を提案した。また、マルクス主義の社会・経済理論と文化史的考古学の視点を結合させ、異端視されたマルクス主義考古学(英語版)の提唱者でもある。
②南秀雄「上町台地の都市化と繁多湾岸の比較 ―ミヤケとの関連」『大阪文化財研究所紀要』第19号、2018年。
③SMITH.E.Michael (2009)‘V.Gordon Childe and the Urban Revolution : a historical perspective on a revolution in urban studies’,Town Planning Review,80(1) (訳:南秀雄、「V.ゴードン・チャイルドと都市革命―都市研究の革命に対する歴史学的展望」『大阪文化財研究所紀要』第18号、2017年)
④古代都市論の諸研究について、小泉龍人「都市論再考 ―古代西アジアの都市化議論を検証する―」(『ラーフィダーン』第XXXIV巻、2013年)で簡潔に紹介されており、参考になった。