東北地方に濃密分布する「山神社」
狩野英孝(かのえいこう)さんのご実家の櫻田山神社(さくらださんじんじゃ)が千五百年の歴史を持つ古社であることを知り、驚きました。福岡県出身で京都に五十年住んでいるわたしには、「山神社」という聞き慣れない名称が気になり、ネットで調べてみました。各県神社庁のホームページによれば、山神社は東北地方に濃密分布しており、中でも宮城県と山形県が最濃密地域のようでした(注①)。秋田県や岩手県にも分布が見られますが、なぜか青森県には分布を見いだすことが、今のところできていません。
「山神社」の訓みは、「さんじんじゃ」「やまじんじゃ」「やまのかみしゃ」「やまがみしゃ」などですが、ご祭神を武烈天皇とするのは少数でした。多いのは木花咲耶姫と大山祇神のようです。現時点で見つけた武烈天皇(小泊瀬稚鷦鷯尊)をご祭神とする山神社は、冒頭紹介した櫻田山神社(宮城県栗原市栗駒桜田山神下)と山神社(宮城県栗原市一迫王沢字北沢十文字)、新山神社(しんざんじんじゃ、宮城県栗原市志波姫堀口御駒堂)で、いずれも宮城県北西部の栗原市内で、限定された祭神伝承のようです。栗原市にはこの他にも多数の山神社があるのですが、それらの祭神は武烈天皇ではありません。ですから、武烈天皇に仮託された人物の伝承が、栗原市の一部の山神社に遺っていると考えることができそうです。
また、山神社の濃密分布範囲は東海地方を除けば蝦夷国領域ですから、もしかすると山神社とは本来は蝦夷国の神様のことかも知れません。ちなみに武烈天皇伝承は、仙台藩の地史『封内風土記』(注②)には次のように記されています。
〝伝え云う。人皇第二五代武烈天皇、故ありて本州に配せられ、久我大連・鹿野掃部祐の両人扈従す、天皇崩後の後天平山に葬り社を建てて神霊を祀り山神と称した。久我氏は連綿今(明和九年、1772年頃)に至る。皇居の地を王沢・王沢宅といい、天皇の宸影は別当修験大性院家に蔵す。〟
ここに見える「久我大連」という人物名が歴史事実であれば、「大連(おおむらじ)」の姓(かばね)を持つことから、蝦夷国ではなく恐らくは九州王朝系の人物であり、武烈天皇の時代(498~506年)、すなわち六世紀初頭頃に九州王朝系の有力者がこの地(蝦夷国)に来たことを示す伝承なのかもしれません。もしかすると、『宋書』倭国伝の倭王武の伝承が武烈天皇に置き換えられて伝わったのかもしれませんが、さすがに宮城県北部まで倭王武が来たとは考えにくいように思います。
しかしながら、栗原市の入の沢遺跡の古墳時代前期(4世紀)の集落跡からは、銅鏡4面や勾玉や管玉、ガラス玉、斧などの鉄製品が出土しています。また、仙台市には遠見塚古墳(墳丘長110m、4世紀末~5世紀初頭の前方後円墳)、隣接する名取市には東北地方最大の雷神山古墳(墳丘長168m、4世紀末~5世紀初頭の前方後円墳)があります。両古墳の存在から、仙台平野や名取平野が古墳時代の東北地方を代表する王権の所在地であったことがうかがえます。ちなみに、雷神山古墳は九州王朝(倭国)の王、磐井の墓である岩戸山古墳(八女市、墳丘長135m、6世紀前半の前方後円墳)よりも墳丘長が大きいのです。
更に仙台市には東北地方最古の須恵器窯跡とされる大蓮寺窯跡(5世紀中頃)もあり、古墳時代から九州王朝(倭国)との交流があったことは疑えません。(つづく)
(注)
①Wikipediaには次の山神社が紹介されている。
【主な山神社(さんじんじゃ)】
釜石製鐵所山神社 – 岩手県釜石市桜木町
山神社 – 宮城県栗原市鶯沢
山神社 – 宮城県栗原市若柳川南
山神社 – 宮城県栗原市若柳上畑岡
山神社 – 宮城県栗原市一迫北沢
山神社 – 宮城県栗原市一迫清水目
櫻田山神社 – 宮城県栗原市栗駒:山神社
山神社 – 宮城県石巻市北上町十三浜大室
山神社 – 宮城県石巻市北上町十三浜小滝
山神社 – 宮城県柴田郡柴田町四日市場
山神社 – 山形県新庄市本合海
山神社 – 山形県最上郡金山町有屋
山神社 – 山形県最上郡最上町富沢
山神社 – 山形県最上郡舟形町舟形
山神社 – 山形県最上郡真室川町及位
山神社 – 山形県最上郡鮭川村曲川
山神社 – 山形県最上郡戸沢村松坂
山神社 – 徳島県吉野川市山川町皆瀬:紙漉神社
山神社 – 愛媛県松山市東野
【主な山神社(やまじんじゃ)】
山神社 – 宮城県亘理郡亘理町吉田
山神社 – 秋田県北秋田市阿仁笑内:旧郷社
山神社 – 山形県最上郡最上町本城
山神社 – 山形県山形市神尾
山神社 – 山形県寒河江市田代
山神社 – 山形県村山市河島]
山神社 – 山形県天童市山口
山神社 – 山形県東根市関山
山神社 – 山形県尾花沢市五十沢
山神社 – 山形県東田川郡三川町押切新田
山神社 – 山形県西村山郡朝日町杉山
山神社 – 山形県西村山郡大江町柳川
山神社 – 山形県西置賜郡白鷹町萩野
山神社 – 千葉県君津市笹
山神社 – 千葉県君津市日渡根
山神社 – 栃木県宇都宮市下岡本町
山神社 – 東京都多摩市桜ヶ丘
新屋山神社 – 山梨県富士吉田市新屋:山神社
山神社 – 愛知県名古屋市千種区田代町:旧村社
山神社 – 愛知県名古屋市中区松原:旧村社
山神社 – 愛知県名古屋市北区安井
山神社 – 愛知県刈谷市一里山町
山神社 – 兵庫県豊岡市日高町:式内名神大社
山神社 – 和歌山県西牟婁郡白浜町3035
山神社 – 愛媛県松山市萩原
山神社 – 長崎県南松浦郡新上五島町船崎郷
山神社 – 大分県大分市広内
【主な山神社(やまのかみしゃ)】
山神社 – 宮城県遠田郡美里町牛飼:旧郷社
山神社 – 山梨県中央市大鳥居
山神社 – 愛知県名古屋市港区知多:旧村社
山神社 – 愛知県名古屋市緑区大高町:旧村社
山神社 – 愛知県尾張旭市瀬戸川町
山之神社 – 愛知県半田市山ノ神町
山神社 – 愛知県半田市天王町
山神社 – 愛知県半田市岩滑東町
山ノ神社 – 愛知県知多郡武豊町山ノ神
※東海地区では小規模な神社が多い。ただし、数は多く、境内社も含めると相当数になる。
【主な山神社(やまがみしゃ)】
山神社 – 愛知県碧南市山神町
②『封内風土記』(ほうないふどき)は、日本の江戸時代に仙台藩が編纂した地誌である。1772年に完成した。仙台と領内のすべての村について、地形・人文地理に関わる事項を列挙・解説し、各郡ごとに集計し、さらに郡単位の統計事実や解説を加える。著者は仙台藩の儒学者田辺希文。全22巻で、漢文で書かれた。(Wikipediaによる)