2026年01月03日一覧

第3571話 2026/01/03

令和八年の抱負 (3)

 ―多元史観による木簡研究―

 昨年11月、京都府立医大病院の病床で考えた令和八年の抱負として、近年、本格的に始めた木簡研究のアップグレードがあります。

 古田先生が木簡研究を始めた五十年前とは異なり、木簡研究環境は劇的に変化しました。その主な点は次のようなことで、いずれも古田先生の研究時代にはゼロではないにしろ、ほとんど望むべくもありませんでした。それに比べると、今のわたしたちは実に恵まれた研究環境にあります。

(ⅰ)飛鳥・藤原木簡出土量の劇的な増加。
❶ それまでは『日本書紀』などの近畿天皇家が作成した史料に頼らざるを得なかった古代史研究だったが、それよりも信頼性が格段に優れる同時代文字史料としての大量の木簡群の出現により、『日本書紀』の史料批判さえもが実証的に可能となった。(その先例に、著名な郡評論争がある。)
❷ 特に飛鳥・藤原木簡群により、七世紀後半から八世紀初頭の王朝交代に至る実態に迫ることが実証的に可能となった。

(ⅱ)奈良文化財研究所HP「木簡庫」による検索機能の出現。
❶ それまでは何冊もの発掘調査報告書を専門機関や図書館で読み、出土木簡の内容・点数・出土層位・編年などを研究者自らで検索・分類するという、気の遠くなるような作業を個々人で行う必要があった。それが「木簡庫」の出現により、PC上で瞬時に可能となった。それにより、研究者は木簡に記された文の史料批判に集中することができるようになった。「木簡庫」の作成公開は、奈良文化財研究所の優れた業績の一つであろう。
❷ 遺跡毎の出土木簡の研究から、遺跡中の出土遺構(坑や溝などからの一括出土)毎の木簡検索機能により、自説に有利な木簡だけを取りあげて解釈を進めるという恣意的な研究方法ではなく、一括出土した全ての木簡(「木簡庫」に掲載された)に基づく史料批判と仮説提起が在野の研究者でも可能となった。
❸ とりわけ、王朝交代の舞台である藤原宮木簡の大量出土は、古田学派による王朝交代研究に多大な貢献をしている。拙稿「飛鳥「京」と出土木簡の齟齬 ―戦後実証史学と九州王朝説―」(『古代に真実を求めて』27集、明石書店)、今春発行予定の『藤原宮 王朝交代の舞台』(『古代に真実を求めて』29集)に掲載する「王朝交代の宮殿 ―藤原宮木簡による九州王朝研究―」などはこれらの恩恵を受けたものだ。

(ⅲ)市大樹氏による木簡研究レベルの高度化と公開。
❶ 木簡研究において特筆すべき業績の一つとして、市大樹氏(注)の著作がある。一般読者向けの『飛鳥の木簡 ―古代史の新たな解明』(中公新書、2012年)を始め、『飛鳥藤原木簡の研究』(塙書房、2010年)などは古代史研究者には必読の書だ。氏は一元史観に立っているが、多元史観に立つ古田学派にとっても学ぶべき点、多大だ。

 以上のように、時代的制約もあって、古田先生が為し得なかった最新の木簡研究により、古田史学を更に発展させること。これが令和八年、新年の抱負の三つ目です。(つづく)

(注)市大樹氏(いち・ひろき、大阪大学栄誉教授)は奈良文化財研究所「木簡庫」の編集作業に係わられた実績がある。

〖写真の説明〗飛鳥池出土の「天皇」木簡。市大樹『飛鳥の木簡 ―古代史の新たな解明』。