2026年01月12日一覧

第3577話 2026/01/12

「秋田重季氏ら記念写真」の調査 (2)

 ―写真の裏書きにあった「秋田重季」―

 残された研究テーマ「秋田重季氏ら記念写真」調査分析には貴重な〝ヒント〟がありました。その写真の裏側に書かれた次の文字(縦書き)です。

○後列 「森」《男B》・「天内」《男A》・「女」
○前列 「女」・「綾小路」《男F》・「秋田重(季)」《男E》・「女」・「和田長三(郎)」《男D》

 ※❶ 男性5名にのみ名前が記されており、女性5名は「女」あるいは不記載。

 ※❷ 写真の下部が何故か切り取られているため、(郞)は見えず、推定による。(季)は「禾」の部分が残っているので、「季」と判断した。「綾小路」の下に名前があったのかどうかは不明。後列の男性2名は名字のみ。

 ※❸ 後列右端の長身の人物《男C》には名前の記載がない。左上に付された円内の《男X》も不記載。

 ※❹ 表の写真とは名前の位置が左右逆転している。写真の人物の真裏の位置に名前を記したことによる現象か。

 ※❺ 裏書きの名前は後列「天内」の下に「秋田重(季)」と記されているが、表の写真では「森」《男B》の下に「秋田重(季)」《男E》がいる。これが意図的なものか、ただ単に不正確な記述によるのかは不明。

 この写真裏の書き付けにある人物名の当否を調査した。まず、秋田重季氏(注②)の写真をWEBで探したところ、若い頃(20歳代か)の写真があり、「記念写真」の《男E》と同一人物であることが確認できました。

 次いで、「綾小路」もお公家さんか華族ではないかと考え、調査したところ、綾小路護氏(注③)が同時期の子爵であったことがわかりました。そこで、WEBにあった同氏の写真により、「記念写真」の《男F》と綾小路護子爵とが同一人物であることを確認できました。

 裏書きにあった氏名の内、2名が正しかったことから、他の人名「森」「天内」「和田長三(郎)」も正しいのではないかと考え、調査を進めました。(つづく)

(注)
①写真の人物配置は次の通り。
○左上の円内《洋服正装の男X》1名
○後列(立ち姿)5名
《和服の女A》《洋服正装の男A》《和服正装の男B》《和服の女B》《和服正装の男C》
○前列(ソファーに着座)5名
《和服の男D》《和服の女C》《和服の男E》《和服の女D》《和服の女E》
○前列(床に着座)1名
《和服の男F》
②秋田重季(あきた しげすえ) 1886年(明治19年)~1958年(昭和33年)は、明治から昭和時代の技術者、政治家、華族。貴族院子爵議員、秋田家第14代当主。旧名・重光。位階は従三位。1910年(明治43年)、東京帝国大学工科大学を卒業し、逓信省臨時発電水力調査局や鉄道院で技術者として働く。1919年(大正8年)に貴族院子爵議員に選出され、研究会(政治団体)に属して活動した。
③綾小路護(あやのこうじ まもる) 1892年(明治25年)~ 1973年(昭和48年)は、大正から昭和期の政治家、華族。貴族院子爵議員。綾小路家19代当主。旧姓・野宮。位階は正四位。