2026年01月一覧

第3573話 2026/01/06

『藤原京 王朝交代の舞台』のゲラ校正

  『古代に真実を求めて』30集

     投稿募集要項

「古田史学の会」の会誌『古代に真実を求めて』29集となる『藤原京 王朝交代の舞台』(明石書店)の初校ゲラの校正作業を編集部員の担当者3名(谷本茂さん・西村秀己さん・古賀)で進めています。当号の採用稿はいずれも誤字脱字などは少なく、校正作業は順調に進んでいますが、内容がハイレベルであり、校正担当者の知識や理解力が要請されています。
同誌末尾には、次号(『古代に真実を求めて』30集)への投稿募集要項(投稿規定)や編集後記などがありますので、以下転載します。

《原稿募集(投稿規定)》
❶三十集の特集テーマは「古代の女人伝承」です。古田史学・多元史観の継承発展に寄与できる論文をご投稿ください。
❷特集論文・一般論文(一万五千字以内)、フォーラム(随筆・紀行文など。五千字以内)、コラム(解説小文。二千字程度)を募集します。投稿は一人四編までとします〔編集部からの依頼原稿を除く〕。
論文は新規の研究であること。他誌掲載論文、二重投稿、これに類するものは採用しません。それとは別に、編集部の判断に基づき、他誌掲載稿を転載することがあります。
❸採用稿を本会ホームページに掲載することがありますので、ご承諾の上、投稿してください。
❹投稿締め切り 令和八年(二〇二六)九月末。原稿は最終稿を投稿して下さい。投稿締切後の修正には原則として応じません。編集部から、採用予定稿の修正を求める場合があります。
❺原稿はワード、またはテキストファイル形式で提出して下さい。ワードの特殊機能(ルビ、段落自動設定など)は使用しないで下さい。ルビは()内に赤字で付記してください〔例 古田史学(ふるたしがく)〕。原稿は縦書仕様とし、アラビア数字を漢数字にするなど、適切に対応してください。
❻掲載する写真や表は、文書ファイルとは別に写真ファイル・エクセルファイルとして提出して下さい(ワード掲載写真は画像が不鮮明になるため)。その際、写真・表の掲載位置を原稿中に赤字で指示してください。
写真や図表などの転載・転用は、他者の著作権や版権に留意し、必要であれば転載許可申請などに対応できるよう、事前に準備して下さい。
❼英文目次に掲載しますので、原稿タイトルの英訳を冒頭に記入して下さい。英訳に不慣れな方は編集部にて対応しますので、お任せ下さい。
❽投稿先 古賀達也まで。

《編集後記より抜粋》
次号、三十集の特集テーマは「古代の女人伝承」。高市早苗さんがわが国初の女性総理大臣に選ばれたこともあり、多元的古代の真実を「女人」を視点として捉え直す機会にしたいと、このテーマを決めました。日本古代史には、卑弥呼・壹与・倭姫・薩末比売や神話の女神たち、近畿天皇家にも神功皇后をはじめ推古・皇極(斉明)・持統・元明・元正などそうそうたる女性達が登場します。あるいは歴史の流れの中で忘れられた女性も少なくないでしょう。必ずしも伝承を論じたものに限定はしませんが、古田史学・多元史観の立場から、古代の女性をテーマとした論稿を期待します。
投稿される方は投稿募集要項の規定❶~❾を遵守してください。投稿締切は二〇二六年九月末日。古田史学・多元史観の継承と発展に寄与する論稿をお待ちしています。(古賀達也)


第3572話 2026/01/05

令和八年の抱負 (4)

 ―多元史観による蝦夷国研究―

 昨年、発行した『東日流外三郡誌の逆襲』の続編『東日流外三郡誌の挑戦』(仮称)の構想を練っています。続編では『東日流外三郡誌』の研究だけではなく、古代東北史の研究として蝦夷国についても論究してみたいと考えています。そこで、多元史観による蝦夷国研究を四つ目の抱負としました。次の蝦夷国関係論稿を収録予定です。

○蝦夷国誕生の真実 ―東日流に逃げた愛瀰詩(エミシ)―
○蝦夷国の「山神社」考
○青森の日本中央碑と佐賀の中央碑
○蝦夷国への仏教東流伝承 ―羽黒山「勝照四年」棟札の証言―
○蝦夷国「会津高寺」への仏教伝来

 拙稿の他に、藤田隆一さんや合田洋一さんの論文も掲載予定です。前作とは違った視点で編集したいと思います。ご期待下さい。(おわり)

〖写真の説明〗「東日流外三郡誌」明治写本

 


第3571話 2026/01/03

令和八年の抱負 (3)

 ―多元史観による木簡研究―

 昨年11月、京都府立医大病院の病床で考えた令和八年の抱負として、近年、本格的に始めた木簡研究のアップグレードがあります。

 古田先生が木簡研究を始めた五十年前とは異なり、木簡研究環境は劇的に変化しました。その主な点は次のようなことで、いずれも古田先生の研究時代にはゼロではないにしろ、ほとんど望むべくもありませんでした。それに比べると、今のわたしたちは実に恵まれた研究環境にあります。

(ⅰ)飛鳥・藤原木簡出土量の劇的な増加。
❶ それまでは『日本書紀』などの近畿天皇家が作成した史料に頼らざるを得なかった古代史研究だったが、それよりも信頼性が格段に優れる同時代文字史料としての大量の木簡群の出現により、『日本書紀』の史料批判さえもが実証的に可能となった。(その先例に、著名な郡評論争がある。)
❷ 特に飛鳥・藤原木簡群により、七世紀後半から八世紀初頭の王朝交代に至る実態に迫ることが実証的に可能となった。

(ⅱ)奈良文化財研究所HP「木簡庫」による検索機能の出現。
❶ それまでは何冊もの発掘調査報告書を専門機関や図書館で読み、出土木簡の内容・点数・出土層位・編年などを研究者自らで検索・分類するという、気の遠くなるような作業を個々人で行う必要があった。それが「木簡庫」の出現により、PC上で瞬時に可能となった。それにより、研究者は木簡に記された文の史料批判に集中することができるようになった。「木簡庫」の作成公開は、奈良文化財研究所の優れた業績の一つであろう。
❷ 遺跡毎の出土木簡の研究から、遺跡中の出土遺構(坑や溝などからの一括出土)毎の木簡検索機能により、自説に有利な木簡だけを取りあげて解釈を進めるという恣意的な研究方法ではなく、一括出土した全ての木簡(「木簡庫」に掲載された)に基づく史料批判と仮説提起が在野の研究者でも可能となった。
❸ とりわけ、王朝交代の舞台である藤原宮木簡の大量出土は、古田学派による王朝交代研究に多大な貢献をしている。拙稿「飛鳥「京」と出土木簡の齟齬 ―戦後実証史学と九州王朝説―」(『古代に真実を求めて』27集、明石書店)、今春発行予定の『藤原宮 王朝交代の舞台』(『古代に真実を求めて』29集)に掲載する「王朝交代の宮殿 ―藤原宮木簡による九州王朝研究―」などはこれらの恩恵を受けたものだ。

(ⅲ)市大樹氏による木簡研究レベルの高度化と公開。
❶ 木簡研究において特筆すべき業績の一つとして、市大樹氏(注)の著作がある。一般読者向けの『飛鳥の木簡 ―古代史の新たな解明』(中公新書、2012年)を始め、『飛鳥藤原木簡の研究』(塙書房、2010年)などは古代史研究者には必読の書だ。氏は一元史観に立っているが、多元史観に立つ古田学派にとっても学ぶべき点、多大だ。

 以上のように、時代的制約もあって、古田先生が為し得なかった最新の木簡研究により、古田史学を更に発展させること。これが令和八年、新年の抱負の三つ目です。(つづく)

(注)市大樹氏(いち・ひろき、大阪大学栄誉教授)は奈良文化財研究所「木簡庫」の編集作業に係わられた実績がある。

〖写真の説明〗飛鳥池出土の「天皇」木簡。市大樹『飛鳥の木簡 ―古代史の新たな解明』。


第3570話 2026/01/02

令和八年の抱負 (2)

『東日流外三郡誌の挑戦』

         に合田論稿転載

 昨年末、「運命と使命の一書 ―東日流外三郡誌の逆襲―」を執筆し、『東京古田会ニュース』に投稿しました。運命の一書とは『東日流外三郡誌の逆襲』(八幡書店、2025年)であり、使命の一書とはその続編『東日流外三郡誌の挑戦』(仮称)です。続編には前著に収録できなかった重要論文を掲載します。その一つが合田洋一さんの「『東日流外三郡誌』と永田富智先生にまつわる遠い昔の思い出」です(注①)。元日に合田さんに電話で年賀のご挨拶をしたおり、転載の了解を頂きました。

 同稿は『東日流外三郡誌』(明治写本)二百~三百冊を昭和46年に市浦村役場で見たと証言(注②)した永田富智さんとの思い出が記されたもので、永田さんは昭和38年時点で東日流外三郡誌のことをご存じであったとのこと。偽作説論者たちは〝東日流外三郡誌は昭和40年代から50年代に和田喜八郎が偽作した〟と偽作キャンペーンを繰り返しましたが、それが真っ赤な嘘であることが、『北海道史』を編纂した中近世史の専門家である永田氏の証言からも明白となりました。合田稿では、『東日流外三郡誌』市浦村誌版が刊行された昭和50年よりも十年以上前の昭和38年に、永田氏がその存在を知っていたことが証言されています。当該部分を抜粋します。

 〝私は、明治大学三年(昭和三十八年)の八月に帰省(北海道江差町)した時、父に卒業論文(『蝦夷地に於ける戦国時代』)の史料研究のため函館図書館に寄るので一日早く帰ると話したところ、父は「それならいい人を紹介するよ」と目の前で函館図書館に電話してくれた。なんと、その相手の人こそ当時図書館で学芸員をされていた永田富智先生だったのである。(中略)早速、永田先生にお会いして長時間に亘りご指導戴いた。(中略)その時の先生の言葉を今も鮮明に覚えている。「合田君、北海道・東北の歴史を研究するなら『つがる外三郡誌』という書があるからそれを研究したらいいよ」(その時はつがるの字は「東日流」ではなく「津軽」とばかり思っていた)と。私は「その書はここにあるのですか」とお聞きしたところ「ここにはなく、青森のある人が持っているので紹介してあげるから東京への帰途寄ったらどう」と言って下さったのである。当時の私は奨学金とアルバイトで学生生活を送っていた貧乏学生だったことから、青函連絡船(四時間半)で青森に行き夜行列車(二十二時間)で急いで東京に帰り、仕事(アルバイト)に間に合わせなければならなかったので、丁重にお断りして「またの機会に是非お願いします」と辞したのである。のちのち寄り道できなかったことがなんとも悔やまれた。(中略)

 振り返って見ると、昭和三十八年とは、『東日流外三郡誌』がまだ活字本になっていない時であった。古賀さんの前掲論稿によると、昭和五十年頃「市浦村史版」、六十年頃「八幡書店版」が発刊されるが、永田先生はその前の昭和四十六年に市浦村役場で二、三百冊の『東日流外三郡誌』明治写本を見たとのことであった。〟

 運命の一書『東日流外三郡誌の逆襲』に次いで、使命の一書『東日流外三郡誌の挑戦』の刊行。これが令和八年、新年の抱負の二つ目です。(つづく)

(注)
①合田洋一「『東日流外三郡誌』と永田富智先生にまつわる遠い昔の思い出」『古田史学会報』148号、2018年。
②古賀達也「真実を語る人々」『東日流外三郡誌の逆襲』明石書店、2025年。

〖写真の説明〗永田富智先生。北海道松前町阿吽寺にて、1996年9月15日。東日流外三郡誌(明治写本。)


第3569話 2026/01/01

令和八年の抱負 (1)

 ―「秋田孝季遺訓」の編纂―

 「古田史学の会」会員の皆様、友人、読者の皆様、新年のご挨拶を申し上げます。令和八年も「洛中洛外日記」をよろしくお願いいたします。

 昨年11月、持病治療のため入院手術しました。お陰様で一週間で退院でき、寿命も延びたようです。延びた寿命をどのように使うべきか、病院のベッドで、古田先生がやり残された研究を引き継ぐのは当然として、それは何だろうかと考え続けました。

 先生最後の公の場となったKBS京都放送のラジオ番組「本日、米團治日和。」の収録にお供したとき、対談の最後に桂米團治さんと次のようなやりとりがありました(注①)。

米團治 本当に、話は尽きませんね。湯水のごとく出てまいります。――まだまだ先生、研究続けられますよね。
古田 ハハハ、まあ、もう今年ぐらいでお陀仏になると思いますが……。
米團治 何をおっしゃいます。でも、たくさんのお弟子さん……。
古田 こういうね、素晴らしい後継者が出てますからね。私は安心して……。ま、古田が死んだら、と楽しみにしている人もおると思うんですがね。しかし、私が死んだからってね、ここまで分かって来たら、ストップはかけられませんわね。
米團治 うちの親父(桂米朝)と同世代ということで、そんなよしみもありまして、KBS京都に来ていただきまして、本当にありがとうございました。お弟子さんの古賀達也さんもどうもありがとうございました。

 二時間に及んだ収録(2015年8月27日)の後、対談は三回(9月9日、16日、23日)に分けて放送され、翌月の10月14日に先生は亡くなられました。

 先生が〝弟子〟らに託したこととは何か、残された寿命で何をなすべきか、先生没後10年に当たる昨年、病床で考えました。そして、最初に思い浮かんだのが、『東日流外三郡誌』の編者、秋田孝季伝の筆を執ることでした。わたし一人でできる事業ではありませんので、志を継ぐ後学のために、秋田孝季の遺訓を『東日流外三郡誌』などから抜粋する作業だけでも始めることを改めて決意しました。

 この思いを『東日流外三郡誌の逆襲』(八幡書店、2025年)の掉尾に記しています(注②)。

 〝あるとき、古田先生はわたしにこう言われた。「わたしは『秋田孝季』を書きたいのです」と。東日流外三郡誌の編者、秋田孝季の人生と思想を伝記として世に出すことを願っておられたのだ。思うにこれは、古田先生の東北大学時代の恩師、村岡典嗣(むらおかつねつぐ)先生が二十代の頃に書かれた名著『本居宣長』を意識されてのことであろう。

 それを果たせないまま先生は二〇一五年に逝去された。ミネルヴァ書房の杉田社長が二〇一六年の八王子セミナーにリモート参加し、和田家文書に関する著作を古田先生に書いていただく予定だったことを明らかにされた。恐らく、それこそが『秋田孝季』だったのではあるまいか。先生が遺した『秋田孝季』の筆を、わたしたち門下の誰かが握り、繋がねばならない。その一著が世に出るとき、東日流外三郡誌に関わった、冥界を彷徨い続ける人々の魂に、ひとつの安寧が訪れることを信じている。〟

 令和八年、新年の抱負の一つです。(つづく)

(注)
①桂米團治・古田武彦・古賀達也「古代史対談」『古田武彦は死なず』古田史学の会編、明石書店、2016年(『古代に真実を求めて』19集)。
②古賀達也「謝辞に代えて ―冥界を彷徨う魂たちへ―」『東日流外三郡誌の逆襲』八幡書店、2025年。

〖写真説明〗『古田武彦は死なず』。米團治さんの還暦記念パーティーにて(2018.12.20)。