2026年03月13日一覧

第3605話 2026/03/13

國枝浩「『夷狄』考」の衝撃 (6)

 ―周代史料、『爾雅』の「九夷」―

 精華簡『繋年』の「西戎」に次いで、東方の「九夷」記事を持つ周代戦国期成立とされる『爾雅(じが)』を紹介します。『爾雅』釋地第九(注)の末尾に次の記事があります。

〔原文〕東至靯泰遠、西至於邠國、南至於濮鈆、北至於祝栗、謂之四極。觚竹、北戸、西王母、日下,謂之四荒。九夷、八狄、七戎、六蠻、謂之四海。岠齊州以南、戴日爲丹穴、北戴斗極爲空桐、東至日所出爲大平、西至日所入爲大蒙。大平之人仁、丹穴之人智、大蒙之人信、空桐之人武。——四極。
〔釋文〕東は靯泰遠に至り、西は邠国に至り、南は濮鈆に至り、北は祝栗に至る、これを四極という。觚竹、北戸、西王母、日下、これを四荒という。九夷、八狄、七戎、六蛮、これを四海という。岠斉州の南、日を戴くところを丹穴と為し、北は斗極を戴くところを空桐と為し、東は日が出るところを大平と為し、西は日が入るところを大蒙と為す。大平の人は仁、丹穴の人は智、大蒙の人は信、空桐の人は武。——四極。

 これは東西南北方向にある四極・四荒・四海を論じた記事です。その四海の冒頭に「九夷」とあり、「八狄」「七戎」「六蛮」と続き、これを「四海と謂う」とあります。四海とは四方向(東西南北)にある「海」のことと理解できますから、「九夷」「八狄」「七戎」「六蛮」とは東夷・北狄・西戎・南蛮に相当すると思われます。従って、『爾雅』成立時には、方位と夷狄戎蠻をセットにして表記するという認識が成立していたと想定できます。(つづく)

(注)原文は維基文庫(WEB)による。釋文は古賀による。『爾雅』は中国最古の類語・語釈辞典。