2026年03月17日一覧

第3609話 2026/03/17

國枝浩「『夷狄』考」の衝撃 (9)

 ―周代春秋期、『論語』の史料批判―

 周代戦国期の史料『孟子』『繋年』『爾雅』『山海経』の記事を前提として、春秋期成立の『論語』に見える「夷蛮戎狄」記事を考察します。人名に使われた字を除くと、『論語』には次の「夷蛮戎狄」の用例があります(注①)。

❶「八佾 第三」
〔原文〕子曰、夷狄之有君、不如諸夏之亡也。
〔現代語訳〕夷狄であっても君主がいるのであれば、諸夏(中国)に君主がいないよりはましだ。

❷「子罕 第九」
〔原文〕子欲居九夷、或曰、陋。如之何。子曰、君子居之、何陋之有。
〔現代語訳〕孔子は九夷の中で暮らしたいと願った。ある人が「それは野蛮だ。どうしてそんなことができるのか」と尋ねた。孔子は「もし徳のある人(君子)がそこに住むなら、どうして野蛮だと言えるだろうか」と言った。

❸「子路 第十三」
〔原文〕樊遲問仁。子曰、居處恭、執事敬、與人忠、雖之夷狄、不可棄也。
〔現代語訳〕樊遲(はんち)は仁について問うた。孔子は「礼儀正しく振る舞い、職務に励み、忠誠を尽くせ。夷狄に行っても、これらの徳を捨ててはならない」と言った。

❹「子路 第十三」
〔原文〕子曰、善人教民七年、亦可以即戎矣。
〔現代語訳〕孔子は言った。もし善人が七年間民を教えれば、民を戦争へ赴かせることができる。

❺「衛靈公 第十五」
〔原文〕子張問行。子曰、言忠信、行篤敬、雖蠻貊之邦行矣。言不忠信、行不篤敬、雖州里行乎哉。立則見其參於前也。在輿則見其倚於衡也。夫然後行。子張書諸紳。
〔現代語訳〕子張は行いについて問うた。孔子は言った。「言葉が誠実で信頼でき、行いが真摯で敬意に満ちていれば、蠻貊の邦でも行うことができる。言葉が誠実で信頼できず、行いが真摯で敬意に満ちていなければ、自分の故郷でさえ行うことはできない。立っていれば、自分の前に見え、馬車に乗っているときは、体が横木に寄りかかって見える。そうして初めて行うことができる。」子張はこれを帯に書き留めた。

 以上の通りですが、ここで注目されるのが❷「子罕 第九」の「九夷」です。『爾雅』「釋地第九」にあった「九夷」(注②)の先例が『論語』にあったのです。ですから、この「九夷」は東夷の国です。すなわち、孔子の時代の周代春秋期でも、「夷蛮戎狄」と方角「東西南北」とを結びつけて認識されていたと考えざるを得ません。ただし、その組み合わせが東夷・南蛮・西戎・北狄に固定化する時期については、少し遅れるとは思いますが未詳です。(つづく)

(注)
①『論語』原文は明治書院新釈漢文大系『論語』(1960年)による。現代語訳は古賀による。
②『爾雅』「釋地第九」によれば、「四海」の「九夷」「八狄」「七戎」「六蛮」が東夷・北狄・西戎・南蛮に相当する。