第3435話 2025/02/23

藤田隆一さんの『先代旧事本紀』講義

―天理図書館本と飯田季治校本の比較―

 昨日開催された東京古田会月例会にリモート参加しました。そこで藤田隆一さんの『先代旧事本紀』講義を拝聴させていただきました。いつもながらの見事な講義で、とても勉強になりました。藤田さんは古文や漢文にめっぽう強く、わたしが毛筆文書(富岡鉄斎の佐佐木信綱宛書簡。注①)の解読に困っていたときにも教えを請いました。

 今回のテーマとなった『先代旧事本紀』は九世紀頃に成立したとする説が有力視されていますが、序文などは偽作とされており、古代史研究の史料としてはあまり論文などに採用されていません。しかし、その中の「国造本紀」には他に見えない情報が採録されており、注目されてきました。

 今回の講義で藤田さんは、鎌倉時代に成立したとされる天理図書館本がテキストとして優れているとされ、「国造本紀」の中の「伊吉島造」(壱岐島)の写本(版本)間の異同を指摘されました。以前、わたしが『先代旧事本紀』の研究(注②)に用いた飯田季治『標註 先代旧事紀校本』(注③)の「伊吉島造」には次のようにありました。

「磐余玉穂朝(継体)。伐石井從者新羅海邊人。天津水凝 後 上毛布直造。」

 ところが、天理図書館本では「伐」が「代」となっていたり、「從者」が「者從」とあり、そのため飯田季治『標註 先代旧事紀校本』とは意味が異なってくるのです。

 同校本は『渡會延佳校本の鼇頭舊事紀』を底本としており、その解題には、「本書は從來最も善本として世に流布する所の『渡會延佳校本の鼇頭舊事紀』を底本となし、更に之に標注を增訂し、且つ亦た上記の諸本を始め飯田武郷校本、栗田寛校本等を參照し、全巻を審かに校定せるものである。」とあります。

 また、国史大系本の底本は「神宮文庫本」(延宝六年写本、1678年)で、『渡會延佳校本の鼇頭舊事紀』などで校合したとあります。両本を比較して『標註 先代旧事紀校本』が優れているように思いましたので、テキストとして採用したのですが、藤田さんの説明によると天理図書館本の成立がはるかに古く、鎌倉時代とのことでしたので、使用テキストの再検討が必要となりました。

 他方、天理図書館本や国史大系本には、「大隅国造」「薩摩国造」の記事中に「仁徳朝」「仁徳帝」とあり、他の国造記事には見えない漢風諡号「仁徳」が使用されています。『標註 先代旧事紀校本』には「難波高津朝」とあり、他の国造記事と同様に宮号表記となっています。こうした表記の異同があることから、どちらが原本の姿をより残しているのか思案しています。

 いずれにしましても、藤田さんの講義のおかげで、『先代旧事本紀』研究における各テキスト表記の異同が持つ重要な問題に気づくことができました。古田学派の中に、藤田さんのような書誌学に精通した研究者がいることはとても心強いことです。

(注)
①古賀達也「洛中洛外日記」3041話(2023/06/14)〝「富岡鉄斎文書」三編の調査(4) ―藤田隆一さん、佐佐木信綱宛書簡を解読―〟
②同「洛中洛外日記」2866~2872話(2022/10/30~11/05)〝 『先代旧事本紀』研究の予察 (1)~(6)〟
同「『先代旧事本紀』研究の予察 ―筑紫と大和の物部氏―」『多元』174号、2023年。
③飯田季治編『標註 先代旧事紀校本』明文社、昭和22年(1947)の再版本(昭和42年)による。

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