「環濠」集落吉野ヶ里遺跡の虚構
今日、「古田史学の会」関西例会が「福島区民センター」で開催されました。12月、1月、2月は「i-siteなんば」に会場が戻ります。
今回の例会でも驚きの報告がありました。それは文献史学の研究が多い古田学派の中にあって、考古学分野の研究を数多く発表されてきた大原重雄さん(京都府大山崎町)の「弥生環濠集落を防御面で見ることの疑問点」というテーマで、吉野ヶ里遺跡の環濠集落は「環濠」や「土塁・柵」が考古学者の誤った解釈により誤「復元」されたものであり、土塁や柵の存在は確認されておらず、防衛のために集落を囲んだとされた「環濠」は川から集落へ生活用水を取り込むための流路(人工河)、あるいは洪水に備えた治水設備とする見解が紹介されました。
吉野ヶ里遺跡の解説地図なども見せて頂きましたが、たしかに「環濠」とするよりも生活用水確保のための流路(人工河)と見た方が妥当と思われましたし、何よりも「環濠」の外側に「土塁・柵」が位置することから、防衛に不適な構造であることが以前から指摘されてきたところでもあります。ましてや復元された「土塁」やその上の「柵」が出土していなかったという事実に驚きました。すなわち、「環濠」の外側に位置する土塁や柵は考古学者の想像により「復元」されたものであり、当の考古学者も後に誤りを認めていたということにも驚きました。こうしたことをわたしは大原さんの発表を聞くまで知りませんでした。すなわち、吉野ヶ里遺跡は「環濠」集落ではなかったのです。
考古学者の最初の誤りにより、後々まで吉野ヶ里遺跡の性格や復元に間違った影響を与えたという今回のケースは、歴史研究者に警鐘を鳴らすものとして受け止める必要を感じました。
今回の発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。
〔11月度関西例会の内容〕
①倭国律令以前の税体制の一考察(八尾市・服部静尚)
②岩戸山古墳と今城塚古墳の相似について(茨木市・満田正賢)
③飛ぶ鳥の「アスカ」は「安宿」(京都市・岡下英男)
④弥生環濠集落を防御面で見ることの疑問点(大山崎町・大原重雄)
⑤元明天皇(阿閇皇女)について(東大阪市・萩野秀公)
⑥『書紀』天武紀の改革と九州王朝の常色期の改革(川西市・正木裕)
○事務局長報告(川西市・正木裕)
新入会員の報告・11/10-11「古田武彦記念新八王子セミナー」の報告・2019/02/03新春古代史講演会(大阪府立ドーンセンター)の案内(講師:山田春廣氏、他。詳細は後日)・12/04「古代大和史研究会(原幸子代表)」講演会(講師:正木裕さん)・11/28「水曜研究会」の案内(最終水曜日に開催、豊中倶楽部自治会館。連絡先:服部静尚さん)・11/30「誰も知らなかった古代史」(森ノ宮)の案内・「古田史学の会」関西例会会場、12月、1月、2月は「i-siteなんば」・ホームページ「新・古代学の扉」掲載の古田先生の原稿等削除要請を承諾・『古代に真実を求めて』22集編集状況・その他