古代オリンピックは2年に一度
ロンドンでのオリンピックは毎日のように感動的なシーンを見せてくれます。今まで以上に楽しいオリンピックのように思い ますが、いかがでしょうか。オリンピックは四年に一度の世界最大のスポーツイベントですが、この四年に一度というのは古代ギリシアでのオリンピックにな らったものです。ところが、わたしの研究では古代オリンピックは二年に一度だったと思われるのです。
ご存じのことと思いますが、古田先生は三国志魏志倭人伝の研究により、古代日本では倭人が一年を二年と計算する「二倍年暦」を使用していたことを明らか にされました。倭人伝に記された倭人の年齢が80~100歳と当時としては考えられないような長寿であることなどから、倭人は一年で二歳年をとると計算し ていたことを発見されたのです(『「邪馬台国」はなかった』参照)。
わたしも、この二倍年暦という概念で、洋の東西の古典を精査したところ、各地に二倍年暦と考えざるを得ない痕跡(史料状況)を見いだしました(「二倍年暦の世界」「続・二倍年暦の世界」をご参照ください)。その一つが古代ギリシアだったのです。ディオゲネス・ラエルディオス著の『ギリシア哲学者列伝』(岩波文庫)によれば、古代ギリシアの哲学者はのきなみ長寿(70~100歳)で、これも二倍年暦による年齢表記としか考えられないのです。
さらに、暦年表記として「第○○回オリンピックの第三年」という表記法が採用されているのです。従って、年齢表記と同様にオリンピックの「四年ごと」も現在の二年ということになります。
こうした史料状況と論理性により、古代オリンピックは四年ごとではなく、二年に一回の祭典だったことになるのです。古代人は現代人よりもはるかに短命で すから、選手の活躍年齢期間も短く、最大のスポーツイベントが四年に一度では間が空きすぎるというべきでしょう。
女子レスリングの伊調選手や吉田選手の三連覇は本当に素晴らしいことですが、これも現代人の寿命が延びたことが一要因でしょう。お二人の活躍を喜びながら、古代オリンピックの二倍年暦について考えてみました。