ベティー・J・メガーズ博士の想い出(2)
縄文人が太平洋を渡り、縄文土器が伝播したとするメガーズ説の論点と根拠はおおよそ次のようなものでした。
①5000年前の土器がエクアドル海岸部のバルディビアから出土している。それに続く他の遺跡からは5600年前に遡る土器が出土しており、これは南北アメリカで最古の土器である。
②進化した文様を有しているバルディビア土器は、無土器時代の地層の上からいきなり出土することから、同土器は当地で独立発達したものではなく、より古い土器文明の歴史を有する他地域からの伝播と考えざるを得ない。
③調査の結果、日本列島の縄文土器の文様に類似していることが判明した。しかも、縄文土器の方が古く、数千年の土器発展の歴史を有しており、縄文土器がバルディビアに伝播したと考えざるを得ない。
④縄文土器の伝播の結果、文様が似たバルディビア土器が生まれた。土器の形態などは一部に類似する部分もあるが、全体としては似ていない。しかし、伝播の根拠として基本とすべきは文様であり、その他の形態などは、生活様式などの差により、必ずしも似るとは限らない。
⑤太平洋は文明を遮断するものではなく、むしろ文明を繋ぐ海流の道である。このことを証明する植物の伝播などの根拠もある。
メガーズさんとお会いした25年前(1995年)は、アメリカ考古学会の内外でバルディビア土器について伝播説と独立発達説とで激しい論争が続いていました(注①)。中でも、④については日本の考古学者からも批判されていた論点でした。更に、コロンビアのサンハシントやアマゾンから、バルディビアよりも古い土器の出土が報告され始めたこともあり、①についても見直すべきであるとの次のような指摘が縄文土器研究者の小林達雄さん(国学院大学教授)から出されていました(注②)。
「その前に、サン・ハシントですか。今度はそっちと比べなければいけなくなったわけですね、そっちのほうが古いわけですから。こっちの土器がどこから来たかというときには、焦点はそっちに移るわけで、それと比べなければいけない、ということになるわけです。」(『海の古代史』192頁)
「それからアマゾン川のほうに、やっぱり六〇〇〇年前ぐらいだと思うんですけれども、相当厚い貝層が遺っているんですが、そこから土器が出て、それがやっぱり六〇〇〇年前くらいなんです。そういうことを重ね合わせていくと、まだまだ土器の起源というものを、外にすぐに求めるというようなやり方よりも、内部でもう少し見ていくほうがいいんじゃないかという気がするんです。」(同193頁)
小林さんはバルディビア土器はアメリカ大陸内に発生源があったと考えた方がよいとの見解ですが、同時に、サン・ハシントの土器が縄文土器に似ていることも述べておられます。
「さらに、土器なんかも、相当、縄文に近いのが、立体的で、サンハシントのやつは突起に近いやつがあったりしますね。そういった意味では、もっともっとバルディビアの土器なんかより、そういう意味では似ていると思いますね。」(同212頁)
わたしもサン・ハシントの土器が縄文土器にそっくりなので驚いたのですが、しかし、縄文土器の伝播とするにはまだ問題もありました。メガーズさんもサン・ハシント遺跡の写真を持参され、「これに似た遺跡が日本にないか」と古田先生にたずねられていました。(つづく)
(注)
①古田武彦訳著『倭人も太平洋を渡った コロンブス以前の「アメリカ発見」』(創世記、1977年)に伝播説を批判した論稿「様式と文化交流の間」(ジョン・マラー)が掲載されている。原著の編集者は、Carroll L.Riley J.Charles Kelley Campbell W.Pennington Robert L.Rands。
②古田武彦著『海の古代史』(原書房、1996年)